105話 時の導き手の最期
大皇国の帝都・暁からの決死の脱出後、レオンハルト殿下と本物のリリアーナは、反乱分子の隠れ家に身を寄せていた。セバスチャンの応急処置により、本物のリリアーナの命は繋がれていたが、時の境界線での激しい消耗と、レオンハルト殿下の脱出援護で力を使い果たした彼女の容体は、急速に悪化していた。
レオンハルト殿下は、自身の砕けた膝の痛みも忘れて、彼女の小さな手を握りしめていた。彼の顔は、友ライオネルの死に続き、大切な人を失うかもしれないという深い悲しみに覆われていた。
「リリアーナ様…どうか、目を覚ましてください」
彼は、懇願するように彼女の名を呼んだ。
本物のリリアーナは、薄く目を開けた。彼女の瞳は、穏やかで、しかし、深い諦観を帯びていた。彼女は、もはや自分がこの世界の運命の役割を終えたことを知っていた。
「レオンハルト殿下…あなたは…無事なのですね…」
彼女の声は、か細く、風に消えそうだった。
「はい。あなたの力が、私を、そしてクロード殿下たちを救いました。あなたは、この世界の運命を…守ったのです」
レオンハルト殿下は、涙をこらえながら、力強く答えた。
「よかった…」
本物のリリアーナは、心からの安堵の微笑みを浮かべた。その微笑みは、かつてカミの道具として生きた彼女が、最後に手に入れた真の自由を象徴していた。
「私の魂は…もう、限界です。私は、この世界が自由になるために、何度も生きた…時の境界の番人でしたから…」
彼女は、レオンハルト殿下の手をそっと握り返した。
「殿下…クロードと、リリアーナ(異世界からのリリアーナ)を…頼みます。彼らの愛と運命の意志こそが、この世界を、永遠の自由へと導く…」
彼女の言葉は、まるで最後の予言のようだった。
「私は…必ず、お二人の運命を守ります。それが、ライオネルとの誓いであり、私の…生きる道です」
レオンハルト殿下は、彼女の願いを受け入れ、涙と共に頷いた。
本物のリリアーナは、満足げに目を閉じ、静かに息を引き取った。彼女の肉体から、時の流れを守り続けた透明な光が、ゆっくりと立ち上り、空間に消えていった。
「リリアーナ様…」
レオンハルト殿下は、彼女の冷たくなった額に、深く、敬意を込めたキスをした。彼女の犠牲は、この世界の運命に、永遠に刻まれた。
魂の再起動
しかし、レオンハルト殿下が悲しみに暮れている、その静寂の中で――
魂が完全に抜けたはずの、本物のリリアーナの肉体が、ベッドの上でピクリと、微かに痙攣した。
彼女の顔は死人のように青白いままだが、その閉ざされた瞼の裏で、何かが再起動したかのような、かすかな異変が起こっていた。




