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1話 悪役令嬢、全力で嫌われにいきます。

前世でやり込んでいた乙女ゲームの世界に、悪役令嬢として転生してしまった。しかも、このままでは婚約破棄され、国外追放される悲惨な運命が待っている。


そんな未来は絶対に嫌だ!


私は決意した。悲劇のヒロインになるくらいなら、いっそ徹底的に嫌われようと。


しかし、なぜだろう。私が嫌われようとすればするほど、攻略対象である王子様たちは、なぜか私に惹かれていく。


これは、一体どういうことなの?


嫌われようと努力した結果、なぜか溺愛されてしまう、悪役令嬢の勘違いラブコメディ。


「嫌われようと努力したのに、今日も攻略対象に追いかけられています。」

「今日もまた、失敗」


私は自室の鏡に向かって、深々とため息をついた。鏡の中の私は、どう見ても悪役令嬢には見えない。むしろ、世間一般で「お嬢様」と呼ばれるにふさわしい、柔らかな金髪に透き通るような白い肌、そしてどこか儚げな雰囲気をまとっている。これが前世の私なら歓喜しただろうが、今の私にとっては最悪の要素だった。


私の名は、リリアーナ・フォン・アウグスト。乙女ゲーム「光と闇のロマンス」に登場する、典型的な悪役令嬢である。公爵令嬢という立場を利用して、主人公である伯爵令嬢イザベラを虐め抜いた挙句、最終的には攻略対象である王子殿下に婚約破棄され、国外追放される運命のキャラクターだ。


だが、私はこのゲームの結末を知っている。だからこそ、私はこの悲惨な運命を回避しようと、あらゆる「嫌われる努力」をしてきた。


「今日の私の昼食は、王宮のシェフに作らせた特別製のトリュフとフォアグラのムースよ!庶民のあなたたちとは格が違うわ!」


学園の昼食時、私はわざと大きな声で叫び、周りの生徒たちの不満の視線を集めた。生徒たちは「また始まった」とばかりに眉をひそめ、ざわつき始める。よし、これで嫌われ度アップ……と思いきや、隣の席に座っていた第一王子、レオンハルト殿下が私のムースをじっと見つめている。


「リリアーナ。一口もらっても?」


なぜかキラキラとした笑顔で、そう尋ねてきた。私の「嫌われる努力」は、彼にはまったく通用しないのだ。


「っ…なりません!これは私専用の特注品ですから!」


私は必死に声を荒げたが、レオンハルト殿下はひるむことなく、フォークを手に私のムースをすくい取った。そして、恍惚とした表情でそれを口に運ぶ。


「……うん、やはりリリアーナの選ぶものは素晴らしいな。私の専属料理人にも、このレシピを伝授させたいくらいだ」


そんな褒め方、やめてほしい。私が嫌われようと努力していることを、あなたは知らないのだろうか。


私がこの世界に転生したのは、五年前のことだった。交通事故で命を落とし、気がつけば見慣れない豪奢な部屋のベッドにいた。そして、自分の名前がリリアーナ・フォン・アウグストであることを知った瞬間、私は絶望した。


前世でやり込んでいた乙女ゲームの悪役令嬢。しかも、主人公を虐める過程が非常に陰湿で、プレイヤーからのヘイトも高かったキャラクターだ。最終的には国外追放どころか、最悪の場合、断罪ルートで処刑される可能性すらある。


そんな未来はごめん被りたい。私は決意した。「嫌われることで、この悲劇的な運命を回避する!」と。


以来、私は全力で悪役令嬢を演じてきた。イザベラの靴に泥を塗ったり、わざと陰口を叩いたり、学園のイベントで横柄な態度を取ったり。どれもこれも、原作のリリアーナがやっていた悪行を忠実に再現したものだ。


しかし、なぜかその努力は空回りするばかりだった。


ある日の午後、私は図書室でイザベラに嫌味を言っていた。


「あら、イザベラ伯爵令嬢。こんな難しい本を読んでも、あなたに理解できるのかしら?せいぜい絵本でも読んでいたら?」


原作通りの高飛車なセリフ。イザベラは怯えたように目を伏せる。よし、これでまた嫌われポイントを稼いだぞ。


そう思っていた矢先、背後から声をかけられた。


「リリアーナ、君はいつも真面目だな」


振り返ると、そこにいたのは第二王子、アルフレッド殿下だった。彼はいつも穏やかで、学園の女子生徒たちからは「癒しの王子」と呼ばれている。原作では、イザベラのことを一途に想い、リリアーナの嫌がらせから彼女を守る、騎士のような存在だ。


「わ、私ですか?真面目…?とんでもない、私はあなた方が忌み嫌う悪役令嬢ですよ!」


私が慌てて否定すると、アルフレッド殿下は優しく微笑んだ。


「君は、イザベラに文字を教えようとしているのだろう?彼女は読み書きが苦手だから、君が心配して声をかけているのだと、私にはわかるよ。本当に優しいな、リリアーナ」


「…………え?」


私の努力は、なぜか常に良い方向に解釈されてしまう。私がイザベラの靴に泥を塗った時も、「彼女が転ばないように、滑り止めの泥を塗ってあげたのですね!」と、騎士団長である第三攻略対象のロベルト様は目を輝かせた。私が学園祭で横柄な態度を取った時も、「皆に指示を出して、学園祭を成功させようとしているのですね!」と、魔法学園の天才魔術師である第四攻略対象のジル殿下は感嘆した。


そして、極めつけは、レオンハルト殿下だ。彼に至っては、私の嫌がらせがすべて「愛情表現」だと受け取っている節がある。


「リリアーナが私に意地悪をするのは、それだけ私に関心がある証拠だろう?まったく、可愛い奴め」


そう言って、頭を撫でてくるのだ。私はもう、どうすればいいのか分からない。


私は学園の屋上へと逃げてきた。夕焼けが空を赤く染め、私の心と同じように燃えているように見える。


「もう、無理だ……」


私は力なく呟いた。嫌われるどころか、なぜか攻略対象たちからの好感度がどんどん上がっていく。このままでは、原作通りの婚約破棄どころか、彼ら全員に求婚されかねない。それはそれで、違う意味で修羅場だ。


その時、背後から優しい声が聞こえた。


「リリアーナ。こんなところで何をしているんだ?」


振り返ると、そこにいたのはレオンハルト殿下だった。彼はいつものように、私の顔を見るなり目を細めて微笑んだ。


「な、なぜここに……?」


「君が私から逃げようとするからだろう?まったく、困った子だ。私は君を追いかけるのが好きなんだが、あまり君を困らせたくもない」


レオンハルト殿下は、私の隣にそっと座った。夕焼けの光が、彼の銀髪をきらきらと輝かせている。


「リリアーナ。君は、なぜそんなに私に嫌われようとする?」


彼の言葉に、私は息を呑んだ。まさか、彼が私の意図に気づいていたとは。


「……っ、それは……」


私は、自分の置かれている状況、そして未来の運命について、彼に打ち明けるべきか迷った。しかし、もし話してしまったら、彼は私をただの「おかしな女」だと認識し、遠ざけるかもしれない。それは、私の望む結果だ。


私は意を決して、ゆっくりと口を開いた。


「私は……あなたに相応しくない人間なのです。私は悪役令嬢で、あなたを不幸にする未来しか見えない。だから、私から離れてほしいのです……」


私の告白に、レオンハルト殿下は驚いたように目を見開いた。しかし、すぐにその表情は穏やかなものに変わった。


「なるほど。君は、自分を犠牲にして、私を守ろうとしているのだな」


「え……?」


「私が不幸になると、君は思い込んでいる。だから、嫌われ役を演じて、私から遠ざかろうと……。本当に君は、どこまでも優しいな、リリアーナ」


そう言って、レオンハルト殿下は私の頭を優しく撫でた。私は彼の行動に、ただただ呆然とするしかなかった。嫌われようと努力した結果、なぜか私は「自己犠牲の優しい令嬢」という新たな誤解を生んでしまったのだ。


夕焼けは、さらに濃い赤へと変わっていく。私は、この「嫌われる努力」という名の迷路から、一体いつになったら抜け出せるのだろうか。そして、今日もまた、攻略対象に追いかけられている。

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