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大嫌い!って100回言ったら、死ぬほど好きに変わりそうな気持ちに気付いてよ…。  作者: 菊池まりな


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第92話 約束の夕方

金曜の夕方。

 昼の会議を終えたオフィスには、ようやく一息ついた空気が流れていた。


 デスクを整えて帰り支度をしていると、朱里のスマホが軽く震える。

 画面には短いメッセージ──。


> 『会議終わった? このあと、少しだけ時間もらえる?』




 差出人は、平田嵩。

 たった一文なのに、胸の奥が少しだけ跳ねた。


「少しだけ……って、どのくらいなんだろ」


 独り言のように呟いて、朱里は深呼吸をした。

 鏡代わりのパソコン画面に映る自分の顔を見て、慌ててリップを塗り直す。

 職場を出ると、夕方の風が少し冷たくて、心のざわめきを落ち着かせるにはちょうどよかった。





 ショッピングモールの前。

 嵩は、スーツの上着を片手にベンチに腰かけていた。

 朱里の姿を見つけると、少し照れくさそうに立ち上がる。


「忙しいところ、ごめん。会議、思ったより早く終わってさ」


「いえ、大丈夫です。ちょうど帰るところでした」


「よかった。じゃあ、ちょっとお茶でもどう?」


 自然すぎる誘い方に、朱里はかえって戸惑った。

 でも、その笑顔を断る理由なんて、見つからなかった。





 モールの中のカフェ。

 ガラス越しの夕陽が二人のテーブルを柔らかく照らしている。

 仕事帰りの人々が行き交う中で、朱里だけが時間の流れから少し外れていた。


「最近、資格の勉強またしてるって聞きましたけど……中小企業診断士、もう合格してますよね?」


「あぁ、あれは次の段階。実務登録に必要な研修があってね。

 合格して終わりじゃないんだ。意外と長い道のり」


「先輩らしいです。努力、ちゃんと積み重ねるタイプ」


「朱里だってそうだろ? 企画書、前よりずっと良くなってたし」


「……それ、褒めてます?」


「もちろん。ちょっと悔しいくらいに」


「え……悔しい?」


「俺より感覚が鋭いっていうか。朱里のプレゼン、説得力あるよ」


 嵩の穏やかな声が、ガラスに反射して響く。

 朱里はマグカップを両手で包みながら、目を逸らせなかった。


「……そんなふうに言われたら、調子に乗りますよ?」


「たまには乗ってもいいんじゃない? がんばってるんだから」


 ──心の奥で、何かがふっと溶ける。

 “少しだけ”の時間なのに、いつまでもこの空間にいたいと思ってしまう。





 外に出ると、もう街の明かりが点き始めていた。

 朱里が小さく「ありがとうございました」と頭を下げると、嵩は穏やかに笑って言った。


「こちらこそ。……また、こういう時間、もらってもいい?」


 一瞬、息が止まる。

 朱里は笑顔を作るまでに、ほんの少し間があった。


「“少しだけ”なら、いいですよ」


 その言葉に、嵩は満足そうに頷いた。





その帰り道。

朱里は自分の心に問いかける──

「“少しだけ”って、どこまでなんだろう?」と。



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