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大嫌い!って100回言ったら、死ぬほど好きに変わりそうな気持ちに気付いてよ…。  作者: 菊池まりな


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第90話 沈黙のエレベーター

会社の自動ドアが開いた瞬間、朱里の心臓はまた一段と忙しく動き出した。

 入り口の近くに、平田嵩の姿。

 黒いジャケットに淡いブルーのシャツ。朝の光を背に、電話を終えた彼がふと顔を上げた。


 ──目が合った。


 一瞬の出来事なのに、時間が止まったように感じる。

 朱里は思わず小さく会釈をして、慌てて受付を通り過ぎた。

 彼の反応を確かめる勇気なんて、今の自分にはなかった。


 「おはようございます」

 すれ違いざま、嵩の低い声が背中に届いた。

 その響きが、思いがけず胸の奥をくすぐる。

 朱里は咄嗟に振り返り、小さく返した。

 「……おはようございます」


 たったそれだけの挨拶が、どうしてこんなにも難しいのだろう。

 いつも通りを装っているのに、顔が勝手に熱を帯びていく。


 エレベーターの前に立つと、タイミング悪く嵩も同じ方向へ歩いてきた。

 「あ……」

 朱里の口から間の抜けた声が出た瞬間、扉が“ピン”と音を立てて開く。

 中には誰もいない。


「行こうか」

 嵩の声。

 朱里は小さくうなずき、二人で中に乗り込んだ。


 ──密閉された空間。

 ドアが閉まる音が、やけに大きく響く。


 「……」

 無言のまま、数字がゆっくり上を目指して点灯していく。

 嵩の横顔が近い。たった数十センチの距離なのに、息が詰まりそうだった。


 何か話さなきゃ、と思うのに、言葉が出てこない。

 昨日の雨、あの沈黙、そして──あの言葉。

 “中谷さんだから、なんだよ”。

 それが頭の中を支配してしまって、まともに顔を見られなかった。


「……昨日の、帰り」

 嵩がふいに口を開いた。

 朱里の肩がびくっと揺れる。

「急に雨、すごかったな。風邪とかひいてない?」

「い、いえっ……大丈夫です!あの、ありがとうございます」

 語尾が裏返って、恥ずかしさが一気に押し寄せる。

 沈黙のエレベーターが、まるで心拍数を測る装置みたいだ。


 嵩は少しだけ笑って、前を向いた。

「よかった。それなら安心だ」


 たったそれだけの会話。

 でも、その優しい声のトーンが、朱里の心をまた揺らす。

 好き、という言葉が喉の奥までこみ上げるのに、どうしても出せない。


 エレベーターが“チン”と音を立てて開く。

「じゃあ、またあとで」

 嵩は軽く会釈して、先に降りていった。


 その背中を見送る朱里の胸に、ぽつりと浮かぶ思い。

 ──どうして、こんなに好きになってしまったんだろう。


 静かな朝のオフィスで、彼の足音が遠ざかる。

 それが消えるまで、朱里は動けなかった。



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