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大嫌い!って100回言ったら、死ぬほど好きに変わりそうな気持ちに気付いてよ…。  作者: 菊池まりな


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第87話 触れた手のぬくもり

金曜の午後。

 仕事を終えたオフィスには、週末特有の緩んだ空気が漂っていた。

 朱里は資料を閉じながら、デスク越しに嵩の姿をちらりと見た。

 彼は電話を切ったあと、静かに深呼吸して腕時計を見る。


「そろそろ行くか」

「え?」

 朱里が顔を上げると、嵩は軽く笑った。

「映画。今日だっただろ?」

「あ、はい……! でも本当に、仕事のあとで大丈夫なんですか?」

「むしろこのタイミングのほうが、ちょうどいい。週末だし」


 その穏やかな声に、朱里の心臓がひとつ跳ねた。

 “また映画行きたいです”と口にしたのは自分。

 まさか本当にこうして約束を覚えていてくれるとは思わなかった。


 ふたりは同じ駅に向かい、少し早めの電車に乗った。

 車内では、会社で見せる表情とは少し違う嵩の横顔があった。

 ネクタイを緩めて窓の外を見つめる姿が、いつもよりずっと近く感じる。


「そういえば、朱里ってアクション系苦手だっけ?」

「いえ、むしろ好きです。頭空っぽで観られるので」

「じゃあ正解だったな。俺もこういうの、最近観てなかった」


 電車の揺れに合わせて、小さく笑い合う。

 会話はたわいもないのに、不思議と心がやわらかくなる。


 ──どうしてこの人といると、時間の流れが違うんだろう。


 映画館に着くと、街はすっかり夕暮れ色に染まっていた。

 並んで発券機に並ぶとき、朱里はふと手元を見た。

 スマートフォンを持つ嵩の手。

 指先に、あの日の“名刺交換”の感触がよみがえる。


 映画が始まり、スクリーンの光が二人を照らす。

 笑い声が響くシーンで、隣の嵩の肩がほんの少し触れた。

 朱里はそれだけで、全身が熱くなる。


 終映後、ロビーに出ると夜風がひんやりと頬を撫でた。

「どうだった?」

「思ってたよりずっと楽しかったです」

「よかった。チケット、もらって正解だったな」


 その何気ない言葉が、朱里にはまるで“また行こう”の約束みたいに聞こえた。


 駐車場へ向かう途中、ぽつりと雨が落ちる。

「やば、降ってきたな」

 嵩が傘を差し出し、朱里の肩に寄せる。

「車、すぐだから」


 傘の下。距離は近いのに、心はもっと近づいていた。

 朱里はそっと息を吸い込み、傘の中の小さな世界を見上げた。

 ──この時間が、終わらなければいいのに。



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