表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

67/70

第67話 ため息ひとつぶんの距離

カフェを出たあと、朱里と嵩は並んでショッピングモールの通路を歩いていた。

人混みのざわめきとアナウンスが、やけに遠く感じる。

隣を歩く嵩の歩幅に合わせながらも、朱里の心はちぐはぐなままだった。


「なぁ、朱里。さっきのカフェ、気に入った?」

「うん、美味しかったよ。ラテアート、かわいかったし」


言葉のトーンはいつも通り──でも、笑顔は少し引きつっていた。

嵩はそんな彼女の表情を横目で見て、小さく眉を寄せた。


「なんか、怒ってる?」

「怒ってないよ」

「……嘘」


淡々とした嵩の一言に、朱里は足を止めた。

彼は少しだけ前に出て、振り返る。その穏やかな目が、朱里にはやけにまっすぐに見えた。


「朱里って、分かりやすいからさ」

「なにそれ。別に、全然分かってないくせに」

「分かるよ。俺のこと、ちょっとムカついてるんだろ?」


図星を突かれて、朱里は思わず視線をそらした。

けれど、それを認めるのも悔しい。


「……ムカついてなんかない。ただ……」

「ただ?」

「“望月さんが刺激になる”とか、そういう言い方するのやめて。なんか、嫌なの」


その言葉が出た瞬間、空気が止まった。

通路を行き交う人々のざわめきが、遠くに霞む。

朱里の頬はほんのり赤く、唇が震えていた。


嵩は数秒黙ってから、ふっと息をついた。

「……そっか。ごめん」


意外なほど素直な謝罪だった。

朱里は拍子抜けして、ぽかんと嵩の顔を見上げる。


「謝るの、早くない?」

「だって、朱里がそう感じたなら、それは俺の配慮不足だろ」

「……そういうとこ、ズルい」


「ズルい?」

「そう。そうやってすぐ“ごめん”って言うから、怒る気なくなるんだよ」


嵩が苦笑する。

「俺なりに反省してるのに、それもダメ?」

「……ダメじゃないけど、ムカつく」


二人して顔を見合わせて、同時に笑ってしまった。

その瞬間、胸の中のわだかまりが少しだけほどけていく。


けれど──。

その穏やかな時間の中で、朱里のスマホが震えた。

画面には「望月瑠奈」の名前。


嵩もそれに気づき、無言になる。

朱里は戸惑いながら、画面をタップした。


『こんにちは、中谷先輩。今、平田先輩と一緒ですか? もし可能なら、少しだけお話ししたいことがあって……』


メッセージの文字を見つめたまま、朱里の喉がひゅっと鳴る。

胸の奥で、小さな嫉妬が再び息を吹き返した。


「……瑠奈ちゃんから?」

嵩の低い声。朱里は曖昧に頷いた。


二人の間に、また少し距離ができる。

たった“ため息ひとつぶん”の距離が、こんなにも遠いなんて──。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ