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第61話 昼休みの約束

昼休みのチャイムが鳴ると同時に、朱里の心臓は早鐘を打ち始めた。

デスクの上に置かれたマグカップが、手の震えを映している。


(平田先輩と……話す。たったそれだけなのに、どうしてこんなに緊張するの)


周囲の同僚たちが弁当を広げ、談笑する中、朱里は静かに席を立った。

向かうのは、会議室の奥──いつも嵩が休憩時に使う、窓際の小部屋。





ドアをノックすると、嵩がすでに中で待っていた。

カップに入ったコーヒーを手に、窓の外をぼんやり眺めている。


「……来てくれたんだな」

「はい。えっと……なにかお話が?」


嵩はゆっくりと振り返り、少し気まずそうに笑った。


「昨日、メッセージ……返せなくてごめん」

「……いえ、仕事もお忙しかったでしょうし」


そう答えながら、朱里はうつむいた。

本当は、その言葉を待っていたのに。


「昨日の朱里の言葉、正直、驚いたんだ」

「……やっぱり、変でしたよね。あんな言い方して」

「いや、嬉しかった。ただ……その“また会いたい”って、どういう意味だったのか、少し考えてた」


(どういう意味って……)

朱里の喉が、ひゅっと詰まった。


伝えたいことはたくさんあるのに、言葉にならない。

「好き」なんて一言、口にした瞬間、全部壊れてしまいそうで。


沈黙を破るように、嵩が続けた。


「俺、最近ちょっと焦ってたんだ。仕事も、資格の勉強も。中谷さんがどう思ってるのかも……」

「え?」

「大嫌い、って言われるたびに、俺の何がいけないんだろうって考えてた。でも、もしかして……そうじゃないのか?」


朱里の胸が一気に熱くなった。

視界が滲み、笑ってごまかすしかできない。


「……そんなに、わかりやすかったですか?」

「正直、わかりにくかった」


二人で小さく笑い合う。

それだけで、張りつめていた空気が少しやわらいだ。


「中谷さん」

「はい」

「俺、転勤の話が出てる。地方支社の立ち上げ。まだ決定じゃないけど」


──まるで心臓を掴まれたような感覚。

朱里は一瞬、息をするのを忘れた。


「……え、それって……」

「数か月後になるかもしれない。だから、ちゃんと話したかったんだ」


嵩の目が真剣だった。

逃げも、ごまかしも、どこにもない。


朱里はうつむいたまま、震える声で呟いた。

「……大嫌い、って、昨日も言おうと思ってました」

嵩が少し驚いた顔をする。


「でも、やめました。だって……“大嫌い”の裏に隠してた気持ちを、もう自分でもごまかせなくなったから」


言い終えた瞬間、朱里の頬を涙が伝った。

窓の外で、昼の光がやさしく差し込んでいた。



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