第60話 答えを探す朝
翌朝、朱里はいつもより早く目が覚めた。
眠れなかったわけじゃない。
ただ、嵩からの返信が──まだ来ていないことが、胸の奥でずっと引っかかっていた。
枕元のスマホを手に取る。
通知の光は消えたまま。
昨日の「また会いたいな」というメッセージが、ぽつんと画面の中に残っている。
「……そりゃ、引かれるよね」
小さくつぶやいて、髪をまとめる。
鏡の中の自分は、どこか浮かない顔をしていた。
オフィスに着くと、すでに嵩がデスクにいた。
白いシャツの袖をまくって、真剣に資料を見つめる横顔。
いつもと同じ朝なのに、朱里には違って見えた。
「お、おはようございます」
「おはよう、中谷さん」
それだけ。
ほんの数秒の会話で、彼はまたパソコン画面に目を戻した。
まるで、昨夜のことなんてなかったかのように。
朱里は心の中でため息をつき、自分の席に戻った。
資料を開いても、文字が頭に入ってこない。
どうして返事をくれなかったのか、考えるほど胸がざわつく。
(もしかして……迷惑だった?)
(それとも、瑠奈のこと……?)
そんな考えが渦を巻く。
すると、隣の席から声がした。
「中谷先輩、昨日の資料チェックありがとうございました!」
笑顔で立っているのは──望月瑠奈。
「あ、ううん。こちらこそ。頑張ってたね」
「はいっ! 平田先輩にもアドバイスいただけて、すごく勉強になりました」
その名前が出た瞬間、朱里の心がピクリと反応した。
瑠奈の無邪気な笑顔の裏に、わずかな優越感のようなものを感じてしまう。
「平田先輩、資格の勉強もされてるんですよね。すごいなぁって思って」
「う、うん。……そうだね」
(知ってたんだ、瑠奈も)
朱里は苦笑いを浮かべながら、マグカップを手に取る。
──昨日、嵩とおそろいで買ったマグカップ。
机の上でそれを見つめながら、静かに決意した。
(このまま終わらせたくない。逃げるの、もうやめよう)
そのとき、パソコンの通知が一つ光った。
送信者:平田嵩。
件名:【昼休み、少し話せますか?】
心臓が跳ねた。
朱里はそっと手で胸を押さえながら、画面を見つめ続けた。
指先が震えて、返事を打つのにも時間がかかる。
> 「はい、もちろんです」
送信ボタンを押した瞬間、ほんの少しだけ、世界が明るくなった気がした。