表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

59/69

第59話 心がほどける夜に

モールからの帰り道、朱里はまっすぐ帰る気になれず、駅前のロータリーを歩き回っていた。

手にはまだ、嵩とおそろいで買ったマグカップの袋がぶら下がっている。

──“これ、職場でも使えるね”

そう言って笑った嵩の顔が、頭から離れなかった。


けれど、胸の奥にはずっと小さな棘が刺さっている。

さっき見た瑠奈の笑顔。

あの、何でもないような笑顔が──どうしてこんなに刺さるんだろう。


ポケットの中でスマホが震えた。

画面を見ると、美鈴からのメッセージだった。


> 「デートどうだった?」




朱里は少し迷ってから、短く返した。


> 「楽しかったよ。たぶん」




数秒もしないうちに、美鈴から電話がかかってきた。

「たぶんって何? なんかあったでしょ?」


「……ううん。何もない。ただ、私が勝手に考えすぎてるだけ」

「朱里。あんたさ、また“嫌い”って言って逃げようとしてるでしょ」


図星だった。

朱里は思わず、街灯の下で立ち止まった。

「だって……怖いんだもん。もし、私の気持ちが重かったらどうしようって」


「重いとか軽いとか、そんなの相手が決めることじゃないよ」

電話の向こうで、美鈴の声が少し柔らかくなった。

「ちゃんと気持ち、伝えなよ。言わないと、伝わらないよ?」


朱里は小さくうなずいた。

でも、その勇気がまだ出ない。


そのとき、偶然通りかかった書店の前に貼られたポスターが目に留まった。

《資格取得フェア開催中!》

《中小企業診断士 合格体験記》──そこに、嵩の名前が載っていた。


「……え?」

驚きと同時に、胸が熱くなる。

嵩が勉強していた理由、何も聞けなかった。

なのに、ちゃんと努力してたんだ。


朱里はスマホを見つめ、ゆっくりとメッセージを打った。


> 「今日、ありがとう。楽しかった。また会いたいな」




送信ボタンを押す指が少し震えた。

画面の向こうで、すぐに既読がつく。

けれど、返事は来ない。


風が少し冷たくなって、朱里はカップの袋を抱きしめるように胸に当てた。

──“大嫌い”って何度も言ったのに。

気づいたら、“好き”が溢れて止まらない。


信号が青に変わる。

朱里は深呼吸をして、前を向いた。

その歩幅は、少しだけ強くなっていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ