第57話 心まで溶けるラテ
日曜日の午後。ショッピングモールの中は、休日らしく家族連れやカップルで賑わっていた。
朱里と嵩もその人波の中にいた。手には映画の半券、さっき観た恋愛映画の余韻がまだ少し残っている。
「……ねえ、あの結末、どう思った?」
カフェに入ると、朱里は注文を済ませ、トレイを持って席へ向かいながら嵩に尋ねた。
「うーん、正直、最後にああなるとは思わなかったな。俺ならあそこで黙って帰らない」
嵩はコーヒーを受け取りながら笑う。
「中谷さんなら、どうする?」
「え? 私? ……たぶん、追いかけるかな。気持ち、伝えないと後悔するから」
言いながら、自分で言った言葉が胸の奥に突き刺さる。
──まるで今の自分みたいじゃない。
二人は窓際の席に腰を下ろした。外では子どもたちが噴水のまわりを走り回り、午後の日差しが店内に柔らかく差し込んでいる。
「中谷さん、ほら」
嵩がカップを差し出す。カフェラテの泡の上には、ハートのラテアート。
「店員さんが描いてくれたみたい」
「かわいい……」
思わず笑みがこぼれる。
ふと隣を見ると、嵩がカップを片手にこちらを見つめていた。視線がぶつかり、朱里の心臓が一瞬止まる。
「なに?」
「いや……その笑顔、久しぶりに見たなって」
嵩は少し照れたように視線を逸らした。
朱里はストローをくるくると回しながら、どうしても聞きたいことが頭を離れなかった。
「ねえ、平田先輩……最近、望月さんとはどうなの?」
その瞬間、嵩の表情がわずかに固まる。
「どう、って?」
「この前、一緒にいたの見たから。仲良さそうだったし」
「……ああ、あれか。打ち合わせだよ。プロジェクトの関係で」
「ふうん」
わざと軽く返したけれど、胸の奥がざらついた。
嵩が嘘をついてるとは思わない。でも、「打ち合わせ」だけで終わる関係に見えなかった。
沈黙の間を埋めるように、店内のスピーカーから流れるポップスが、妙に耳につく。
朱里は両手で温かいカップを包み込み、ふっと息を漏らした。
「ねえ、平田先輩」
「ん?」
「私……いま、すごく幸せ。こうやって話してるだけで」
それは、嘘じゃなかった。
どんなに不安でも、嵩と過ごす時間が一番心地よい。
「……俺もだよ」
嵩の返事は短く、でも優しかった。
その瞬間、朱里の中で何かが少しだけ溶けた。
ラテの泡みたいに、静かに、でも確かに。
──大嫌いって何度言っても、本当はこんなにも好きなんだ。
朱里はカップを両手で持ち上げ、そっと微笑んだ。
「ねえ、また来ようね。このカフェ」
「うん。次は……俺が奢るよ」
小さな約束を交わしながら、二人の時間は穏やかに流れていった。