表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

54/63

第54話 ショッピングモールの誘惑

駅から徒歩五分。休日のショッピングモールは、思っていた以上に人で溢れていた。


 朱里は人混みの中、隣を歩く平田嵩の横顔をちらちらと見ながら、落ち着かない様子で歩いていた。




「すごい人ですね……」


「うん。みんな同じこと考えてるんだろうね。外暑いし、屋内が一番」




 嵩は笑いながらエスカレーターに乗る。


 朱里も慌ててその隣に並ぶが、距離が近すぎて心臓が痛いほどドキドキした。


 斜め上から見える彼の顎のライン、シャツの襟元からのぞく首筋。


 ──落ち着け、中谷朱里。これはただの休日。仕事仲間との外出。そう、気分転換。




「中谷さん、雑貨とか好きでしたよね?」


「えっ? あ、まあ……」




「ちょっと寄ってみません?」


 そう言って嵩は雑貨屋に足を踏み入れた。




 店内は、淡い香りとBGMで満たされていた。


 ハーバリウム、香水瓶、マグカップ……女子が喜びそうなものばかり並ぶ棚の前で、嵩が立ち止まる。




「これ、中谷さんっぽいかも」


 手に取ったのは、青と白のマーブル模様のマグカップ。




「えっ……なんで私っぽいんですか?」


「なんとなく。冷静そうに見えて、ちゃんと温かい感じがするから」




「なっ……!」


 朱里の頬が一気に赤くなった。心臓の鼓動が耳の奥でうるさいほど響く。


 嵩は気づいているのかいないのか、いつもの調子で棚に視線を戻している。




 ──もう、やめて。そんなこと言われたら、勘違いするじゃない。




「こ、これ買うんですか?」


「うん。会社用のマグ、割っちゃって。これくらいの落ち着いた色ならいいでしょ」


「……そうですね」




 レジで会計を済ませたあと、嵩が小さく笑った。


「でも、ほんとはさ。中谷さんが持ってるの、見てみたかったかも」




「え?!」


「だって、似合いそうだったから」




 ──ずるい。ほんとに、ずるすぎる。




 朱里は返す言葉が見つからず、視線を落とした。


 嵩が少し前を歩くたびに、彼の背中を目で追ってしまう。


 近くて、遠い。掴めそうで掴めない。




 そのとき、不意に“あの言葉”が喉元まで出かかった。


 でも、朱里はぎゅっと拳を握りしめて飲み込んだ。




 ──今ここで「大嫌い」なんて言ったら、きっと壊れる。




 かわりに小さく息をつき、呟く。


「……好きになりたくなんて、ないのに」




 人混みのざわめきの中で、その言葉は誰にも届かず消えていった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ