第49話 すれ違う午後
日曜の午後、朱里は街のカフェの前で立ち止まった。
大きなガラス越しに見えたのは、テキストとノートを広げて真剣にペンを走らせる嵩の姿。
周囲のざわめきにも気を取られず、ただ黙々と文字を書き込んでいく横顔。その集中力に、朱里は思わず息をのんだ。
(やっぱり、本気なんだ……中小企業診断士の試験。遊んでる暇なんてないのかも)
胸の奥にちくりとした痛みが走る。
──あのカフェの窓際で、以前は瑠奈と向かい合っていた嵩。
それを偶然目撃してしまったときの嫉妬の熱が、まだ心のどこかに残っている。
なのに今、彼はひとり。真剣に未来を見据えて勉強している。
その姿を目にすると、怒りや嫉妬よりもむしろ、自分の小ささを思い知らされるようだった。
「……バカ。大嫌い」
口をついて出たのは、やっぱりその言葉。
でもその声音は、誰にも聞こえないほどかすかで、自分に向けた叱咤にも似ていた。
立ち去ろうとしたとき、背後から声をかけられる。
「朱里じゃん、なにしてんの?」
振り返ると、美鈴が買い物袋を抱えて立っていた。朱里は慌てて笑顔を作りながら答える。
「え、べ、別に……ただの散歩!」
「ふーん? あ、あそこにいるの平田さんだよね。すごい集中してる」
「……そう、みたいだね」
美鈴がにやりと笑った。
「ねえ朱里、もうライバル視してるだけじゃ追いつけないんじゃない? ──もっと自分から仕掛けないと」
その言葉に、朱里の心臓が大きく跳ねた。