第44話 休日ランチの誘い
日曜の朝、嵩はまだ半分眠気を引きずりながら、コーヒーを淹れていた。
そんなとき、テーブルに置いたスマホが震える。画面には「朱里」の文字。
> 「おはよう。今日、空いてる?」
突然の連絡に、嵩は一瞬戸惑う。休日に朱里から誘いが来るなんて、これまでなかった。
マグカップを片手にしながら、短く返信を打った。
> 「うん、特に予定はないけど」
数分後、すぐに返事が届く。
> 「じゃあ、一緒にランチどう?前に話してたイタリアンのお店、予約取れたんだ」
嵩の心臓が、不意に跳ねる。以前、仕事帰りに話題に出たレストランだ。軽く冗談のつもりで「いつか行けたら」と言っただけなのに、彼女は覚えていて、本当に行動に移していた。
> 「いいね、行こう」
そう返すと、すぐに「やった!」と絵文字つきのメッセージが返ってきた。画面の小さな文字を見ているだけで、自然と笑みがこぼれる。
約束の時間。
休日仕様の朱里は、オフィスで見るきっちりした姿とは違って、落ち着いたワンピースにカーディガン。髪もゆるく下ろしていて、柔らかな雰囲気に思わず目を奪われた。
「待たせちゃった?」
「いや、俺も今来たところ」
そんなやりとりを交わしつつ、並んで歩き始める。
店に入ると、朱里は得意げに笑った。
「ここね、すごく人気だから、実はちょっと前から予約入れておいたんだ」
「え、じゃあ今日誘うつもりで?」
「うん。…ダメだった?」
不安そうに問いかける彼女に、嵩は首を横に振る。
「いや、むしろ嬉しいよ」
料理が運ばれてくると、仕事の話ではなく、趣味や学生時代の思い出、行ってみたい場所の話で盛り上がった。普段の職場では見られない朱里の一面が次々と飛び出し、嵩は気づけば彼女の表情ばかりを追っている。
食後、店を出て駅まで並んで歩く帰り道。
朱里がふいに立ち止まり、少し頬を染めながら言った。
「今度はディナーにも付き合ってくれる?」
その言葉に、嵩は心の奥で静かに確信する。
──これはもう、ただの同僚との食事じゃない。
「もちろん」
短く答えた声は、自分でも驚くほど自然で、そして温かかった。