第36話 ふとした仕草
昼のイタリアンレストラン。
窓際のテーブルに運ばれてきたアツアツのパスタから、立ちのぼる香り。朱里は「美味しそう」と無意識に声を漏らした。
嵩はフォークを手にしながら、その素直な顔に目を奪われる。
普段の朱里は、社内ではクールで隙がなく、後輩からも頼られる存在だ。だが今は──ただの25歳の女性の表情をしていた。
「中谷さんって、意外とパスタ好きなんだな」
嵩は軽い冗談のつもりで言った。
「え、意外って何よ。……好きに決まってるでしょ」
朱里は口を尖らせながらも、頬がわずかに赤くなった。
フォークでうまく麺を巻けずに、もたつく朱里。
「ちょっと待って、こういうの苦手なの」
必死に奮闘する姿が可笑しくて、嵩は思わず吹き出した。
「なによ、笑わないで!」
朱里はむくれるが、その姿が余計に愛らしく見えてしまう。
──今まで気にしていなかった仕草が、やけに気になる。
嵩はそんな自分に戸惑った。
食事を終え、会計を済ませて外に出ると、冬の風がふわりと朱里の髪を揺らした。
その瞬間、彼女がほんの少しだけ、遠い存在ではなく、近くにいる“女性”に見えた。
「……なんだろうな」
自分でも説明できない胸のざわめきに、嵩は小さく呟いた。