第30話 すれ違う視線
朱里の様子がおかしい──。
平田嵩は、ここ数日の彼女の態度を思い返していた。
会議でのピリピリした口調。
普段なら理路整然と冷静に意見を述べる朱里が、あの日はどこか感情的だった。
その後も目が合いそうで合わない。近づけば、さりげなく距離を取られる。
(……嫌われた?)
そんな考えが頭をよぎる。
冗談のように繰り返されてきた「大嫌い!」の言葉が、今回はどうにも笑えなくなっていた。
昼休み、デスクで書類を整理していると、瑠奈が楽しそうに話しかけてきた。
「先輩、この前のお店で買ったシャツ、すごく似合ってましたよ!」
「はは、そうか?」
「はいっ。朱里さんにも見せてあげればよかったのに」
ふいに出てきた名前に、嵩の手が止まった。
「……中谷は、そういうの興味ないだろ」
そう答えたつもりだったが、声がどこか沈んでいた。
一方その頃、朱里は給湯室でコーヒーを注ぎながら、彼らの声を耳にしてしまった。
──「似合ってましたよ!」
──「朱里さんにも見せてあげればよかったのに」
紙コップを持つ手がわずかに震える。
(やっぱり……楽しそうに話してる)
理屈では理解している。
けれど感情が、どうしようもなく追いついてこない。
その日の帰り際、オフィスのエレベーター前。
嵩が追いかけるように声をかけてきた。
「……なあ、中谷。最近、俺に何か言いたいことある?」
「……別に、ないです」
視線を合わせることができず、朱里はそのまま歩き出してしまう。
背後に残された嵩は、小さくため息をついた。
(本当に……嫌われたのかもしれないな)