第29話 胸のざわめき
週明けの月曜日。
オフィスに入った朱里は、何気ないふりをしながらも心臓が落ち着かなかった。
──週末に見た光景が、頭から離れない。
ショッピングモールで楽しそうに並んでいた嵩と瑠奈。
その笑顔は、同僚というよりも、まるで恋人同士だった。
思い出すたび、胸の奥がずきりと痛む。
「おはようございます!」
瑠奈の明るい声が響く。
朱里はぎこちなく「……おはよ」と返す。
けれども瑠奈の笑顔を見ただけで、あの日の光景が蘇り、視線を逸らしてしまった。
さらに追い打ちをかけるように、瑠奈が無邪気に言った。
「そういえば、先輩!この間のショッピングモール、すっごく楽しかったですね!」
「お、おう……そうだな」
嵩は少し照れたように笑う。
朱里の耳が、じわりと熱くなる。
(やっぱり……2人で行ってたんだ)
問いただしたい気持ちを必死に飲み込み、デスクに視線を落とす。
だが、感情は抑えきれない。
午後の会議で嵩が意見を述べたとき、朱里はつい口を挟んでしまった。
「それ、本当に最適解ですか? もう少し考えた方がいいんじゃないですか」
普段なら冷静に指摘するのに、その言葉はどこか棘を含んでいた。
一瞬、会議室の空気が止まる。
嵩は驚いた表情を浮かべたが、すぐに笑顔を作って答える。
「……なるほど、検討してみるよ」
会議が終わった後、田中美鈴が朱里のもとにやってきた。
「朱里、今日ちょっとピリピリしてない?」
「べ、別に……」
否定しながらも、自分でも態度が尖っていたことを認めざるを得ない。
心の奥ではわかっている。
ただの買い物かもしれないのに、勝手に嫉妬して、勝手に怒っている。
でも、それを素直に認めることなんて──。
デスクの下で、朱里はぎゅっと拳を握りしめた。
(大嫌い……ほんと、大嫌い。なのに、どうして……こんなに気になるのよ)