第25話 仕事を言い訳に
「……えっと、この資料、平田先輩に確認してもらった方がいいかな」
午後の会議準備で山積みになった資料を前に、朱里は小声でつぶやいた。
本当は一人でも仕上げられる。
でも、嵩に声をかけるきっかけが欲しかった。
「平田先輩」
勇気を振り絞って呼んだ声は、少し上ずっていた。
「ん? どうした?」
嵩が顔を上げる。いつもの穏やかな笑顔なのに、今の朱里にはほんの少し遠く感じた。
「この数字の部分……確認、お願いできますか?」
差し出した資料を受け取りながら、嵩は真剣な表情で目を通す。
「……うん、大丈夫だ。計算も合ってるし、内容も問題ないよ」
「そ、そうですか。ありがとうございます」
(わかってたけど……)
朱里は内心で苦笑する。別に嵩に見せなくても問題なかったのに。
その時、背後から声がした。
「朱里先輩、私も資料の手伝いします!」
瑠奈だ。笑顔で朱里の机に近づいてくる。
「ありがとう、瑠奈。でももう大丈夫だから」
できるだけ柔らかく返したつもりだったが、どこか語気が強くなってしまう。
瑠奈は一瞬きょとんとした後、ふわりと微笑んで言った。
「先輩、平田先輩の確認を受けたいんですよね」
その一言に、朱里の顔が一気に熱くなる。
「な、なによそれ! 別にそういうわけじゃ……」
嵩が小さく咳払いをして、空気を切った。
「とりあえず、会議に向けて準備を進めよう。二人とも、よろしくな」
朱里は返事をしながら、胸の奥で小さく呟く。
(大嫌い、大嫌い……。……でも、やっぱり好きなんだよ)