第169話 帰り道が“別れ道”に見えてしまう夜
駅へ向かう道は、いつもと同じだった。
同じ歩道、同じ街灯、同じコンビニの明かり。
なのに今夜だけ、全部が違って見える。
朱里は歩きながら、無意識に足元ばかり見ていた。
前を見てしまったら、何かが終わる気がして。
嵩も、普段より少し前を歩いている。
距離が開いたわけじゃない。
でも、並びきれない感覚があった。
「……ここ、前も通ったよね」
朱里が、沈黙に耐えきれず言う。
「うん。何度も」
嵩の声は、穏やかだった。
変わらないようでいて、確実に“変わった後”の声。
横断歩道の前で、信号が赤になる。
二人同時に止まる。
朱里は、赤信号を見つめながら思った。
(このまま青にならなければいいのに)
進みたくないわけじゃない。
でも、進めば一歩、離れる気がした。
「……中谷さん」
名前を呼ばれて、胸が跳ねる。
「さっきの話」 嵩は、言葉を探すように間を置いた。
「答えを急がせるつもりは、本当にない」 「ただ……」
朱里は、息を詰めた。
「帰り道が、これまでと同じじゃなく見えるのが」
「少し、怖い」
その“怖い”が、自分のものと同じだと分かって、
朱里の目が熱くなる。
「……私もです」
声が、夜に溶けそうになる。
「この道、いつも一緒に歩いてたのに」
「今日から、“期限付き”みたいに見える」
言ってしまった瞬間、後悔しかけた。
でも、嵩は否定しなかった。
「……うん」 短く、でも深く頷く。
信号が青に変わる。
渡りながら、朱里は足が重くなるのを感じた。
駅が近づくほど、
“終点”が近づく気がして。
改札の前で、自然と足が止まる。
「じゃあ……」
嵩が言いかけて、言葉を止める。
朱里は、勇気を振り絞って口を開いた。
「……これからも、一緒に帰っていいですか」
答えが怖くて、目は見られない。
「期間限定でも」
「終わりが来るとしても」
一瞬の沈黙。
そして、嵩の声。
「……いいに決まってる」
朱里は、顔を上げる。
「別れ道にしたくない」
「少なくとも……今は」
その言葉に、胸がぎゅっと掴まれる。
「……ありがとうございます」
改札を通る直前、嵩が言った。
「中谷さん」
「この道が、別れ道に見えても」
少し間を置いて。
「俺は、まだ“一緒に歩く道”だと思ってる」
朱里は、頷いた。
言葉にすると壊れそうで、
ただ小さく、確かに。
改札を抜けて、振り返る。
嵩はまだ、そこに立っていた。
手を振る代わりに、軽く頭を下げる。
電車が来る音がする。
ホームへ向かう階段を下りながら、朱里は思った。
(別れ道に見えても)
(ここから、選び直せる)
胸は苦しい。
でも、逃げていない。
それだけで、この夜は前に進んでいた。




