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大嫌い!って100回言ったら、死ぬほど好きに変わりそうな気持ちに気付いてよ…。  作者: 菊池まりな


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第168話 言葉を置く場所

駅から少し外れた、川沿いの道。


街灯は等間隔で、影と光が交互に落ちている。


二人は並んで歩きながら、まだ何も言わない。


沈黙は重いけれど、逃げ場のない静けさではなかった。


朱里は、歩くたびに靴底が地面を踏む感触を意識していた。


現実に繋ぎ止めておかないと、心が先に行ってしまいそうだったから。


嵩が足を止めたのは、川が少し開けて見える場所だった。


「……ここで、いいかな」


朱里も止まる。


頷く代わりに、深く息を吸った。


(来た)


逃げない、と決めた夜。


嵩は一度、川の方に視線を向けてから、朱里を見る。


「昨日、話した“仕事の話”なんだけど」


声は落ち着いていた。


いつも通りでいようとしているのが、逆に分かる。


「正式じゃないけど……

 ほぼ確定で、転勤になる」


朱里の胸が、静かに沈む。


(……やっぱり)


覚悟していたはずなのに、


実際に言葉として聞くと、体の奥が冷える。


「時期は、早ければ来月末」

「場所は……地方。今の部署とは、完全に離れる」


一つ一つ、確認するように言葉が置かれていく。


感情を混ぜない、丁寧な説明。


朱里は黙って聞いた。


途中で遮らなかった。


嵩は続ける。


「本当は、もっと早く言うべきだった」

「でも……言ったら、君が気を遣うと思って」


朱里の喉が、きゅっと鳴る。


「それに」 一瞬、言葉が詰まる。

「俺自身が、決めきれてなかった」


夜風が、二人の間を抜けた。


「仕事としては、断る理由はない」

「でも……君と、こうなって」


“こうなって”

その言葉に、朱里の心臓が反応する。


「……簡単に、受け取れなくなった」


嵩は、正面から朱里を見た。


逃げていない目だった。


「だから、ちゃんと伝えたかった」

「君が、選べるように」


朱里は、すぐに答えなかった。


怖かった。


でも、それ以上に──

誠実さが、胸に刺さっていた。


「……ありがとうございます」 ようやく出た声は、少し震えていた。


「隠されるより、ずっといいです」


嵩が、ほっとしたように息を吐く。


「……正直に言うと、怖いです」 朱里は、視線を落としたまま続けた。


「離れるのも、変わるのも」

「この気持ちが、どうなるか分からないのも」


それでも。


朱里は、顔を上げた。


「でも、聞けてよかった」

「聞かないまま進む方が……たぶん、もっと怖い」


沈黙が落ちる。


でも、それは逃げの沈黙じゃない。


嵩は、ゆっくり頷いた。


「……ありがとう」

「今夜は、答えを出さなくていい」


その言葉に、朱里の肩から少し力が抜けた。


「今日は、“伝える”だけにしたかった」

「選ぶのは……君だから」


朱里は、胸の奥がじんわり熱くなるのを感じた。


(まだ終わってない)

(でも、始まってしまった)


川の水面が、街灯を揺らしている。


触れない距離のまま、

二人はしばらく、同じ景色を見ていた。


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