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大嫌い!って100回言ったら、死ぬほど好きに変わりそうな気持ちに気付いてよ…。  作者: 菊池まりな


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第161話 言葉にされた距離

会議室のドアが、静かに閉まった。


昼休み直前。


誰もいないはずの時間帯を、嵩が選んだ。


「……座ろうか」


そう言われて、朱里は頷く。


向かい合って座る距離が、やけに遠く感じた。


机の上には、何もない。


資料も、メモも、逃げ道も。


嵩は一度、息を整えるように胸を上下させた。


「昨日、話すって言ったこと」


「……うん」


声が震えなかったことに、朱里自身が驚いた。


嵩は目を逸らさない。


「転勤の話が、正式に来た」


──きた。


頭では分かっていた言葉なのに、


実際に聞くと、音が違った。


「四月付けで」


「……場所は?」


聞けた。


逃げなかった。


「関西支社」


「ほぼ確定だ。最終確認だけ残ってる」


“ほぼ確定”。


それは、もう決まっているという意味だった。


沈黙が落ちる。


時計の針の音が、やけに大きい。


朱里は膝の上で、拳をぎゅっと握った。


(距離、だ)


時間でも、気持ちでもなく。


物理的な距離。


嵩が続ける。


「俺、一人で決めるつもりだった」


「……うん」


「でも、それは違うって言われた」


誰に、とは聞かなくても分かった。


美鈴だ。


「中谷さんに、ちゃんと話さないまま進むのは」


「卑怯だって」


その言葉に、朱里は少しだけ笑った。


「……田中さん、言いそうですね」


嵩も、わずかに笑う。


でも、すぐに真剣な目に戻った。


「行くか、行かないか」


「正直、まだ決めきれてない」


その言葉に、朱里の胸がざわつく。


「でも」


「逃げる選択肢は、もうないと思ってる」


嵩は、ゆっくり言葉を置く。


「仕事としては、行くのが正解だ」


「評価も、条件も、悪くない」


淡々とした説明。


でも、それは“仕事の話”だけだった。


朱里は、そこを待っていた。


「……私のことは?」


言葉に出した瞬間、心臓が強く打った。


嵩は、間を置かず答えた。


「大事だよ」


「だから、話してる」


逃げない答えだった。


でも、優しすぎて、痛い。


「一緒に来て、とは言えない」


「残ってほしい、とも言えない」


朱里は、視線を落とす。


(そうだよね)


どちらも、相手の人生を奪う言葉だ。


「中谷さんの選択を」


「縛りたくない」


嵩の声は、静かだった。


「……だから」


「転勤は、事実として伝える」


「その上で――どうするかは、二人で考えたい」


“二人で”。


その言葉が、胸に残る。


朱里は、ゆっくり息を吸った。


怖かった。


でも、昨夜決めた。


聞くと。


逃げないと。


「……分かりました」


顔を上げる。


嵩を見る。


「聞く覚悟は、してきました」


「今すぐ答えは出せないけど」


一拍、置いて。


「知らないままより、ずっといいです」


嵩の肩が、わずかに緩んだ。


「ありがとう」


「……そう言ってもらえるの、救われる」


会議室の外から、誰かの足音が近づく。


現実が、戻ってくる音。


嵩が立ち上がる。


「今日は、ここまでにしよう」


「続きは……ちゃんと時間を取って」


朱里も立つ。


足は、まだ震えていた。


でも、立てていた。


「はい」


「……逃げませんから」


その言葉に、嵩は小さく頷いた。


ドアを開ける直前、嵩が一度だけ振り返る。


「中谷さん」


「はい」


「聞いてくれて、本当にありがとう」


朱里は、微笑んだ。


それは、強がりじゃない。


ちゃんと、受け取った証だった。


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