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大嫌い!って100回言ったら、死ぬほど好きに変わりそうな気持ちに気付いてよ…。  作者: 菊池まりな


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第154話 何も変わらないふりをする、という変化

翌朝のオフィスは、いつもと同じだった。




いつも通りの照明、いつも通りのキーボードの音、




コーヒーの匂いと、誰かの小さなため息。




──なのに。




朱里は、席に着いた瞬間から、自分だけが少し




だけ世界から浮いている気がした。




(昨日の夜、確かに……)




平田嵩に「好きです」と言った。




怖いまま、震えたまま、逃げずに。




それだけで、世界がひっくり返るわけじゃない。




でも、元に戻ることも、もうできない。




「おはようございます」




少し遅れて嵩が出社してくる。




声はいつも通り、表情も落ち着いている。




朱里も、いつも通りに返した。




「おはようございます」




──それだけ。




目は、合わなかった。




でも、避けたわけでもない。




「変に意識しない」




それが、二人の中で無言の約束みたいに存在していた。




午前中の業務は、滞りなく進んだ。




資料の確認。




簡単なやり取り。




必要な報告。




距離は、昨日までと同じ。




言葉の温度も、仕事の精度も。




……ただ、違ったのは。




朱里が立ち上がった瞬間、


嵩が一瞬だけ、反射的に視線を上げたこと。




嵩が咳払いをしたとき、




朱里の指が、無意識にペンを止めたこと。




ほんの一瞬。




誰にも気づかれないくらいの変化。




でも、確実に──互いを「意識している」間だった。




「ねえ、中谷さん」




昼前、美鈴がさりげなく声をかけてくる。




「はい?」




「……雰囲気、変わった?」




心臓が跳ねた。




「そ、そうですか?」




「うん。


 “何かあった顔”じゃなくて、


 “何か決めた顔”」




逃げ場のない分析だった。




朱里は、苦笑いで誤魔化す。




「気のせいですよ」




「そう。ならいい」




美鈴はそれ以上踏み込まない。




踏み込まない代わりに、全て分かっている目で、一度だけ朱里を見る。




──親友だけが許される、無言の確認。




午後。




コピー機の前で、偶然、嵩と二人きりになる。




「……昨日は」




嵩が言いかけて、言葉を切った。




「すみません、仕事中でしたね」




朱里も、小さく首を振る。




「大丈夫です。


 ……今は、それで」




嵩は、少しだけ口元を緩めた。




「うん。


 じゃあ、また“帰りに”」




その一言が、胸に残る。




“帰りに”。




昨日の続きが、ちゃんと今日にも繋がっている




証拠。




周囲では、誰かが小声で話している。


「最近、あの二人、静かじゃない?」


「前より、逆に距離あるよね?」




──噂は、まだ輪郭を持たない。




でも、職場は敏感だ。




何も起きていない“ふり”の裏側を、無意識に嗅ぎ取る。




定時。




朱里はバッグを持ち、立ち上がる。




嵩も、同じタイミングで席を離れた。




視線が合う。




頷くだけ。




それだけで、十分だった。




(言わなかったら、きっと後悔していた)




でも──




言ったからこそ、始まった“次の怖さ”も、確かにある。




それでも。




並んで歩く帰り道が、




今日も待っている。




怖いままでも、前に進む。




それが、二人の選んだ距離だった。



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