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大嫌い!って100回言ったら、死ぬほど好きに変わりそうな気持ちに気付いてよ…。  作者: 菊池まりな


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140/172

第140話 その一言で、世界が変わる気がした

 金曜の夜。


 駅へ向かう道の途中。


 少しだけ人通りが途切れた場所で、二人は足を止めた。


 街灯の光が、朱里と嵩の距離をそっと照らしている。


「中谷さん」


 嵩の声は、もう震えていなかった。


 逃げる気配も、誤魔化す気配もなかった。


「俺は──あなたが好きだ」


 その言葉は静かで、でも真っ直ぐで。


 夜風よりも先に胸へ届いてきた。


 朱里は呼吸を忘れる。


「ずっと前から、気づいてたのに言えなかった。


 同じ職場で、立場があって、迷惑になるかもしれないって思って……


 でも、それを言い訳にしてただけだと思う」


 一語一語、丁寧に紡ぐように。


「金曜、一緒に歩けた時……

 もう逃げるのはやめようって思った。

 ちゃんと向き合いたいって思った。

 “好きです、中谷さん”」


 世界が止まったみたいだった。


 いや、止まったのは世界じゃなくて朱里の方だった。


(……聞いちゃった。ほんとに、言われちゃった)


 嬉しさ、怖さ、戸惑い、全部が胸いっぱいに押し寄せる。


 返事しなきゃ。


 言葉にしなきゃ。


 でも、声が出ない。


 息ばかりが先に溢れてくる。


「……わ、わた……」


 喉にひっかかって、うまく言えない。


「わ、私……その……あの……っ」


 まとまらない感情が先に顔に出る。


 涙が出そうなのに笑いそうで、笑いそうなのに泣きそうで。


 嵩は一歩だけ近づいた。


 触れない距離で止まってくれる、気遣いの距離。


「ゆっくりでいい。言葉になるまで待つ」


 その言葉が優しすぎて、胸があふれる。


 涙が一粒、零れた。


「っ……待って、ください」


 自分でも驚くほど弱い声だった。


「嬉しいのに、怖くて。

 怖いのに、逃げたくなくて。

 逃げたくないのに、ちゃんと返せる自信がなくて」


 自分の気持ちを掘り起こすように、少しずつ言葉を探す。


「平田さんといると、落ち着かないのに落ち着くし……

 嫌いなところ、探そうとすると全部好きになっていくし……

 こんなの……勝てないじゃないですか……」


 最後の言葉で、ぽとりと涙が落ちる。


 嵩は息を吸って、静かに言った。


「それで充分だよ」


 その優しさに、朱里はやっと笑った。


 泣きながら、笑ってしまった。


「……私も、好きです。

 まだ自信はないけど、逃げません。

 ちゃんと向き合いたいって……思ってます」


 言えた。


 やっと、言葉にできた。


 嵩はふっと息を吐き、少し照れたように笑う。


「……ありがとう。聞けてよかった」


 でも。


 その瞬間、世界は急に容赦なく動き出した。


「な、なかたにせんぱーーーいっ!!」


 背後から全力疾走の足音。


 振り返ると、瑠奈が息を切らして走ってきた。


「やっぱりダメです!!!今の聞きました!?

聞こえました!今の絶対聞こえましたけど私だってまだ勝負しますから!!」


(タイミング!?タイミングどうした!?)


「ちょ、望月、今はその……!」


「わかってます!わかってますけど……!」


 瑠奈の声が震える。


「諦めたくないんです……!」


 静かな夜が、また揺れた。


 けれどもう、以前の金曜日とは違う。


 朱里は涙を拭き、瑠奈に向き合う。


「……ありがとう、瑠奈ちゃん。

 でも、私は逃げないって決めたから」


 宣言。


 ちゃんと前を向くための言葉。


 瑠奈は唇を噛み、それでも笑った。


「……っ。はい。負けませんから。先輩も、覚悟してくださいね」


 背を向ける瑠奈の目元は震えていたけれど、その背筋はまっすぐだった。


 夜風が通り抜ける。


 朱里は嵩の方を向き直り、小さく息を整えた。


「……じゃあ、帰りましょう」


「うん。これから、ゆっくりでいいから」


 二人の歩幅が再びそろう。


 逃げたいのに逃げられなかった帰り道は──

 逃げたくない場所になっていた。


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