第14話 仕事の壁
月曜の朝、朱里はいつになく緊張していた。
部長から呼び出され、大きなクライアント案件を任されることになったのだ。
「中谷、この案件は平田と組んで進めてもらう」
その一言で、朱里の心臓は跳ね上がった。
よりによって嵩と二人ペア。
いや、もちろん仕事的には頼もしいけれど──。
「よ、よろしくお願いします」
「こちらこそ。久しぶりに一緒にやれるの、ちょっと楽しみですね」
嵩の柔らかな笑顔。
……それだけで心がざわつく。
(ちょっと待って。“楽しみ”とか言わないでよ……! どうしてそんなに自然に言えるの? バカなの?)
朱里は胸の奥で叫びつつ、表面上は冷静を装った。
「ま、まあ、仕事ですから。感情抜きで、効率的に進めましょう」
「はは、相変わらず中谷さんは真面目だなぁ」
嵩の軽い笑い声に、朱里は思わず顔を背けた。
初回の打ち合わせ。
朱里と嵩は会議室で、プレゼン資料の方向性を話し合っていた。
「ここのターゲット分析、少し切り口を変えてみませんか?」
「そうですね、数字はそのままでも、ストーリー性を持たせた方が伝わりやすいかもしれません」
言葉を交わすたびに、朱里は思い出す。
彼と仕事をする時の安心感。
意見を出せば真剣に受け止めてくれる誠実さ。
……だからこそ、心が揺れるのだ。
ふと視線が合った瞬間、朱里の心臓は大きく跳ねた。
慌てて資料に目を落とす。
(ダメダメダメ! こんな風に意識してたら、また“嫌い”って言っちゃう!)
頭ではわかっているのに、口元がむずむずする。
必死に抑え込んだその時──。
ガチャ。
会議室のドアが開き、瑠奈が顔をのぞかせた。
「お疲れさまです! あ、やっぱり中谷先輩と平田先輩、一緒なんですね」
「望月さん、何か用ですか?」
「いえ、ちょっと進行状況が気になって……。二人ってすごく息ぴったりですね」
にこやかに言う瑠奈。
その笑顔に朱里の背筋がピキッと固まった。
「……ぴ、ぴったりなんて、全然! そんなんじゃありませんから!」
「え? そうなんですか?」
「全然です! 大嫌いですから!」
ついに出た。
押しとどめていたはずの言葉が、勢い余って飛び出した。
会議室に微妙な空気が流れる。
瑠奈が目を丸くし、嵩は困ったように頭をかいた。
「……あの、中谷さん。仕事の場で“嫌い”とか言われると、ちょっと傷つくんですけど」
「ち、違っ……! あの、その……!」
朱里は言葉を失い、顔を真っ赤にする。
瑠奈が小さく笑って会議室を出ていった。
──残されたのは、気まずい空気と、朱里の大後悔だけだった。
(あああああ! なんで私って、こういう時に限って!!)
心の中で叫びながら、朱里は机に突っ伏したくなるのを必死に堪えた。