表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大嫌い!って100回言ったら、死ぬほど好きに変わりそうな気持ちに気付いてよ…。  作者: 菊池まりな


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

135/172

第135話 金曜までの三日間が長すぎる

 火曜日の朝。

 朱里は、出社した瞬間から妙な疲労感を覚えていた。

(まだ一日も経ってないのに……)

 デスクにバッグを置き、パソコンを立ち上げる。

 いつもと同じオフィス、同じ空気。なのに、落ち着かない。

「おはようございます」

 背後から聞こえた声に、思わず肩が跳ねた。

 嵩だった。

「……おはよう」

 声が、少しだけ硬くなる。

 嵩はそれに気づいたのか気づいていないのか、いつも通りの距離感で席に着いた。

「昨日は、雨上がりだったな」

「……そうだね」

 それだけ。

 それだけなのに、胸の奥がざわっとする。

(普通の会話、普通のはずなのに)

 画面に視線を落としながら、朱里は自分に言い聞かせる。

(仕事中。切り替え、切り替え)

 けれど──。

「朱里さん」

 今度は別の声。

 望月瑠奈が、すぐ横に立っていた。

「昨日、珍しく定時でしたよね」

 柔らかい笑顔。

 でも、その目は探るように細められている。

「……まあ、たまたま」

「へえ」

 瑠奈は、嵩の方をちらりと見た。

「平田さんも、ですよね?」

 空気が、一瞬止まる。

 嵩は少しだけ間を置いて答えた。

「そうですね。珍しく」

 それだけで済ませたのは、きっと配慮だ。

(ありがとう……)

 朱里は内心でそう思ったが、同時に胸がちくりと痛む。

 “配慮される関係”になってしまったことが、嬉しくもあり、怖くもある。

「そうなんだ」

 瑠奈はにこりと笑い、何事もなかったように去っていった。

 その背中を見送りながら、朱里は小さく息を吐く。

(やっぱり、気づかれてる)

 午前中は、集中しようとすればするほど、時間が進まなかった。

 キーボードを打つ音。

 電話の呼び出し音。

 コピー機の低い唸り。

 すべてが、やけに鮮明だ。

(……金曜まで、長い)



 昼休み。

 朱里は一人で席を立ち、社外のコンビニへ向かった。

 人混みを避けるように歩きながら、スマホを取り出す。

(連絡、来てないよね)

 分かっているのに、画面を確認してしまう。

 ──通知なし。

(仕事中に来るわけないのに)

 自嘲気味に笑い、ポケットにしまった、その瞬間。

 メッセージが表示された。

『無理してない?』

 嵩だった。

 タイミングが良すぎて、思わず足を止める。

(……見てた?)

 いや、そんなわけない。

 朱里は一度深呼吸してから、短く返した。

『大丈夫

 仕事してます』

 すぐに返事は来なかった。

 それなのに、心が勝手に待ってしまう。

 数分後。

『ならよかった

 金曜、無理なら言って』

 その一文に、胸が締めつけられた。

(優しすぎるんだよ……)

 朱里は、画面を見つめたまま、しばらく動けなかった。

 ──無理じゃない。

 むしろ、行きたい。

 でも、その気持ちを素直に認めてしまったら、もう戻れない気がした。

『大丈夫です

 行きます』

 送信。

 それだけで、心拍数が上がる。

 午後の仕事は、午前中よりさらに長く感じられた。

 嵩と視線が合えば、すぐに逸らす。

 逸らしたあとで、少し後悔する。

 瑠奈の笑顔が、どこか意味深に見えてしまう。

(私、気にしすぎ)

 そう思っても、感情は言うことを聞かない。



 退勤時。

 エレベーター前で、嵩と二人きりになった。

 沈黙。

 妙に重い。

「……金曜」

 嵩が、ぽつりと言う。

「はい」

「雨、降らないといいな」

 それだけ。

 でも朱里は、少しだけ笑ってしまった。

「そうですね」

 エレベーターが到着し、扉が開く。

(金曜まで、あと二日)

 長すぎるはずなのに。

 気づけば、指折り数えている自分がいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ