第13話 揺れる想い
土曜の夜。
朱里はマンション近くの居酒屋で、美鈴と向かい合っていた。
ビールの泡を見つめながら、ずっと悶々とした気持ちを吐き出していた。
「でね、美鈴。あの子、平田先輩に向かって“好きです”って、はっきり言ったのよ」
「……ほぉ」
美鈴は冷静に枝豆をつまむ。朱里の熱量との落差が、余計にイライラする。
「しかも私のこと、“ライバルですからね”とか言っちゃって! 何その堂々とした宣戦布告!」
「なるほどね。で、朱里は何て返したの?」
「……のどにサンドイッチ詰まらせて咳き込んだ」
「……返事になってないじゃん」
美鈴の苦笑に、朱里はグラスを握りしめた。
「わかってるわよ! でもあの状況で“実は私も好きなんです”なんて言える?!」
「言えばいいのに」
「む、無理に決まってるでしょ!」
朱里の声が少し大きくなり、隣のサラリーマンに振り返られる。
慌てて声を潜めた。
「だって、もし振られたら……惨めじゃない」
「それで振られる前に、自分で“嫌い”って言って予防線張ってんのね」
図星を突かれて、朱里は顔を真っ赤にする。
「ち、違う! あれはただの……口癖みたいなものよ!」
「ふーん。“大嫌い”って口癖ねぇ……」
美鈴は呆れ半分、面白がり半分の目で朱里を見つめる。
「朱里、あんたさ。強がりすぎ。好きなら好きって言えばいいだけでしょ」
「そ、そんな簡単に言えたら苦労してないわよ!」
朱里はビールを一気に飲み干した。
泡で唇が濡れ、情けなくため息が漏れる。
「それに……もし本当に嫌われてたらどうするの。私の“好き”なんて、迷惑なだけじゃない」
「だったら、今の“嫌い”連呼の方がよっぽど迷惑だと思うけど?」
美鈴の容赦ない言葉に、朱里は言葉を失った。
「……」
「いい? あんたの一番の敵は、平田先輩でも瑠奈ちゃんでもなく、自分の意地っ張りなの。そこ倒さない限り、恋なんて進まないわよ」
朱里は黙り込み、テーブルの水滴を指先でなぞった。
胸の奥でずっと引っかかっていたものを、正確に言い当てられた気がした。
「……私、やっぱり、こじらせてるかな」
「今さら? 周知の事実でしょ」
美鈴は軽く笑って、残りの枝豆を口に放り込んだ。
朱里は苦笑すらできず、ただグラスを見つめた。
“こじらせてる”。
認めた瞬間、なぜか胸がちょっとだけ軽くなるのを感じた。
でも、だからといって「好き」と言えるわけじゃない。
朱里は頬を膨らませて、心の中でだけ呟いた。
──やっぱり、大嫌い。
(もちろん、それは嵩への遠回しすぎる“好き”だった。)




