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大嫌い!って100回言ったら、死ぬほど好きに変わりそうな気持ちに気付いてよ…。  作者: 菊池まりな


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第128話 後輩の勘は、だいたい鋭い

 翌日のオフィスは、驚くほど“いつも通り”だった。


 コピー機の音、キーボードを叩く音、誰かの小さなため息。

 その中で私は、昨日の帰り道が夢だったんじゃないかと錯覚しそうになる。


「中谷さん、この資料──」


「はい、すぐ確認します」


 平田さんは、完璧に“上司の顔”をしていた。

 声のトーンも、距離感も、何ひとつ変わらない。


(……約束、ちゃんと守ってる)


 そう思うと、胸の奥が少しだけむず痒い。


「中谷さーん」


 ひょい、と隣から顔を出してきたのは、望月瑠奈だった。


「この数字、ここで合ってますか?」


「うん、合ってるよ」


 答えながら、ふと視線を感じる。


 瑠奈の目が、ちらりと平田さんの席に向いた。


「……?」


「なんでもないです」


 にこっと笑うけれど、その笑顔がどこか探るようで、私は内心ドキッとする。


「そういえば」


 瑠奈は声を潜めた。


「昨日、平田さんと一緒に帰ってましたよね?」


 心臓が、一拍遅れる。


「……え?」


「たまたま見かけました」


 あっさりと言われて、誤魔化す暇もない。


「コンビニの前で」


 あの時か。


 私は、できるだけ平静を装う。


「たまたま方向が同じだっただけだよ」


「ふーん」


 瑠奈は、納得したような、していないような顔をする。


「でも」


 ぐっと距離を詰めてきて、小声で続けた。


「中谷さん、昨日より顔色いいです」


「……それ、関係ある?」


「あります」


 即答だった。


「なんか、柔らかくなってます」


 私は、言葉に詰まる。


(鋭すぎるんだけど、この子)


「それに」


 瑠奈は、意味ありげに笑った。


「平田さんも、ちょっとだけ優しかったです」


「えっ?」


「ほんのちょっとですよ?」


 楽しそうに付け足す。


「でも、分かります」


 私は、苦笑いしか返せない。


「瑠奈は、気にしすぎ」


「そうですか?」


 首を傾げながら、瑠奈は席に戻っていった。


 その背中を見送りながら、私は小さく息を吐く。


(これは……隠し通せる気がしない)


 その時。


「中谷さん」


 後ろから、平田さんの声。


「午後の打ち合わせ、少し早めても大丈夫ですか?」


「は、はい。大丈夫です」


 視線が合う。


 一瞬だけ、ほんの一瞬だけ。


 昨日の夜の余韻みたいなものが、静かに滲んだ。


 でも、すぐに平田さんは視線を外し、いつもの上司の顔に戻る。


(……ずるい)


 私は心の中で、そっと呟く。


 ちゃんと“約束”を守ってるのに。

 なのに、こうして意識させてくる。


 そして、もうひとつ確信する。


(望月瑠奈は、きっと気づき始めてる)


 まだ何も始まっていないのに。

 なのに、もう簡単には戻れない。


 そんな予感だけが、静かに胸に残っていた。



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