表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大嫌い!って100回言ったら、死ぬほど好きに変わりそうな気持ちに気付いてよ…。  作者: 菊池まりな


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

125/172

第125話 言葉になる前の"好き"が、胸の奥で暴れ出す

 夜の歩道は、昼間のざわめきが嘘みたいに静かだった。


 街灯に照らされたアスファルトが、ほんのり湿って光っている。


 平田さんと並んで歩く距離は、腕一つ分。


 近すぎず、遠すぎず。


 でも、その微妙な距離が、胸を落ち着かなくさせる。


「……寒くないですか」


 平田さんが、前を向いたまま言った。


「大丈夫です」


 声が少し裏返った気がして、私は慌てて付け加える。


「その……歩くの、久しぶりで」


「そうですね」


 平田さんは、くすっと小さく笑った。


「前は、雨上がりでした」


 ──覚えてる。


 覚えてるに決まってる。


 あの夜、心臓の音がうるさくて、何度も立ち止まりたくなったこと。


「……あのとき」


 平田さんが、少しだけ歩く速度を落とす。


「中谷さん、何か言いかけてませんでしたか」


 胸が跳ねた。


(気づいてた……?)


 私は、ぎゅっと拳を握る。


「……言いかけてました」


 声が小さくなった。


「でも、怖くて」


「何が?」


 問い返されて、言葉が詰まる。


 何が怖かったのか。


 簡単だ。


 壊れるのが、怖かった。


 でも──


「……今の関係が、変わるのが」


 やっと、それだけ言えた。


 平田さんは立ち止まった。


 私も、足を止める。


 街灯の下で、彼が私を見る。


 その目は、真剣で、逃がしてくれない。


「中谷さん」


 低く、落ち着いた声。


「俺は……変わらない関係って、楽だと思う反面」


 一拍、間が空く。


「ずっと、そのままなのも……苦しいです」


 心臓が、どくんと鳴った。


「今日、月曜の朝も。応接室で話したときも」


 平田さんは、少しだけ困ったように笑う。


「中谷さんが、何か隠してる気がして」


(隠してる……)


 その通りだった。


 私は、ずっと誤魔化してきた。


「……私」


 喉が、からからに乾く。


 でも、今言わなきゃ、また後悔する。


「平田さんが思ってるより、ずっと……」


 言葉が詰まる。


 頭の中では、何度も言ってきたのに。


 “好きです”の一言が、重すぎる。


 沈黙が落ちる。


 逃げたくなる。


 その瞬間。


「急がなくていい」


 平田さんが、静かに言った。


「でも、嘘だけは聞きたくないです」


 その一言が、背中を押した。


 私は、息を吸って、吐いて。


 そして──


「……大嫌い、って」


 自分の声が、意外なくらいはっきり響いた。


 平田さんが、目を瞬かせる。


「百回言ったら……」


 胸が痛い。


 でも、もう止まれない。


「……死ぬほど好きに変わりそうな気持ちに、気づいてほしいって、思ってました」


 一気に言い切った。


 夜の空気が、凍ったみたいに静まる。


 数秒。


 平田さんは、驚いたまま、私を見つめていた。


 そして──


「……それ」


 小さく、息を吐く。


「ずるいですね」


 困ったように笑って、でも目は、優しい。


「そんなふうに言われたら……」


 一歩、距離が縮まる。


 心臓が暴れ出す。


「気づかないふり、できないじゃないですか」


 私は、目を逸らした。


 顔が、熱い。


「……ごめんなさい」


 すると、平田さんは首を振った。


「謝られることじゃないです」


 少しだけ、声が低くなる。


「俺のほうこそ……待たせてました」


 その言葉に、胸がぎゅっと締めつけられた。


 平田嵩は、逃げていなかった。


 待っていてくれただけだった。


 夜風が吹いて、私たちの間をすり抜ける。


 沈黙は、さっきよりも重くて、でも温かい。


 次に言葉を発するのは、どちらだろう。


 その“続き”が、もうすぐ始まろうとしていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ