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大嫌い!って100回言ったら、死ぬほど好きに変わりそうな気持ちに気付いてよ…。  作者: 菊池まりな


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第115話 同じ歩幅で、同じ夜を

 夜の風が、少しだけ冷たくなってきた。

 街灯の明かりが、濡れたアスファルトに淡く映り込んで、私たちの影を長く引き伸ばしている。


 さっき「もう少しだけ」と言ってから、私たちはほとんど言葉を交わさずに歩いていた。

 でも、不思議と気まずさはない。沈黙が重たくならない。


 むしろ──

 この静けさが、少し心地いい。


「……あの」


 また、私のほうから声を出した。


「月曜日、応接室で話したとき……」


 言いかけて、言葉を探す。


「私、平田さんにちゃんとお礼を言えてなかったなって思って」


 彼は驚いたように私を見る。


「お礼?」


「はい。誘ってくれたこと、嬉しかったので」


 ほんの少し視線を落としながら、正直に告げる。


「正直……あの時は、戸惑いのほうが先に出ちゃって。だから、“ちょっとだけなら”って、あんな言い方しかできなくて……」


 すると平田さんは、ふっと小さく笑った。


「あれ、すごく朱里さんらしいって思ったよ」


「……そうですか?」


「うん。無理して即答しないところとか、相手の気持ちを一回ちゃんと受け止めてから返すところとか」


 そう言われると、少しだけ照れてしまう。


「だから、“ちょっとだけ”でも一緒に帰れるって思った時点で、もう十分だった」


 胸の奥が、また静かにあたたかくなった。


 同じ歩幅で歩いているはずなのに、心の距離だけが少しずつ縮まっていくのがわかる。


「……平田さんって」


 私は、前を向いたまま口を開いた。


「どうして、そこまで私のことを……」


 言い終わる前に、彼が足を止めた。


「朱里さん」


 名を呼ばれるだけで、胸が跳ねる。


 私も立ち止まり、そっと向き合う。


 街灯の下で、平田さんの表情が少しだけ真剣になる。


「俺は……朱里さんに無理をさせたいわけじゃない。でも」


 一度、息を吸って。


「少しずつでいいから、ちゃんと知りたいって思ってる」


 視線が、一直線にぶつかる。


「笑ってるときだけじゃなくて、戸惑ってるときも、迷ってるときも」


 胸の奥が、きゅっと締めつけられた。


 そんなふうに、まっすぐに見つめられたのは久しぶりで。


「だから……今は、“同じ帰り道を歩けてる”ってだけで、俺は十分」


 私は、しばらく言葉を失っていた。


 “同じ帰り道”。


 ただそれだけのことが、どうしてこんなにも特別に感じるのだろう。


「……私も」


 ようやく、声を絞り出す。


「今は、それでいいって思います」


 一瞬、風が吹き抜けて、前髪が揺れた。


「一緒に歩けてる、ってだけで」


 平田さんは、少し安心したような表情で頷いた。


「じゃあ、今日はここまでだね」


 交差点の角。

 ここが、私の分かれ道。


「はい……」


 足は止まっているのに、心だけが先に進んでしまいそうで、名残惜しさが胸に広がる。


 平田さんは、少しだけ照れたように言った。


「また、帰り……誘ってもいい?」


 一瞬だけ迷って。


 私は、小さく笑って答えた。


「……その時の気分次第、ですけど」


 冗談めかした返事に、彼は苦笑しながらも、どこか嬉しそうだった。


「じゃあ、その“気分”を信じて、また誘うよ」


 私たちは軽く会釈をして、それぞれの帰り道へ向き直る。


 背中越しに、同じ夜の空気を感じながら。


 それぞれの歩幅は違うはずなのに、

 不思議と今夜だけは、同じ速さで進んでいる気がした。

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