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第87話 リニューアルオープン!ケンちゃん園!


 遡ること数時間前……


『ほう……ここが新しくなったケンちゃん園か。ずいぶん立派になったのう』


 長蛇の列を作る客を横目に、新しくなったケンちゃん園の大きさに息をのんだ。


 これ、前のケンちゃん園より5倍は大きくなってるんじゃないか?


「かつて闘技場だった場所をまるごと改築し、物販施設や映画館まで備えたからな。その規模は魔王城すら凌ぐものとなっておろう」


『はぇー、映画まで揃っておるのか。大画面で映像のケンちゃんを存分に堪能したあと、そのまま生身のケンちゃんを目にできるとは……まさしく贅沢の極みじゃのう』


「ルナ様!映画館近くの物販には【ケンちゃん園特製!ケンちゃんの声を聴かせて作ったポップコーン!?(限定写真付き)】があるとか!」


 アウラは少し興奮した様子で、魔王様からもらったパンフレットを見せてくる。


「このポップコーン、一般的なものと比べて味に違いはあるのでしょうか。フィーリア様はどう思われます?」


「えっと……土に魔力を帯びた体液を混ぜたり、生の声を聴かせたのなら効果はありますが機械を通した声ですか……多分それなら、味に違いはない……です」


『なんじゃ変わらんのか……む、そのくせ普通のポップコーンより10倍の値段を取るじゃと!?これでは詐欺と同じではないか』


「別に味が変わるとは誰も言っておらぬ。吾輩は『ケンちゃんの声を聴かせた』という事実を書いただけだ。勝手に妄想した方が悪い」


 わしが問いただすような視線で魔王様を見ると、全く悪びれることない涼しい顔で言い放つ。


 そういうものなのじゃろうか?


『えーっと他には――『ケンちゃんが好きそうなドリンク(限定コースター付き)』に『ケンちゃんをモチーフにしたホットドッグ』。おみやげコーナーには……『ケンちゃんが着ている服!(と同じ素材で作った服)』……と』


 他のも気になり、パンフレットの商品一覧を眺めてみたが、どれも「ケンちゃん」という名前を安易に入れて値段をつり上げたようなものばかり。


 金をむしり取ろうとする魂胆が透けて見えるというか、値段と内容が一致しておらん気がするのう……まぁ、わしは全部買うが。


『後で文句を言われても、わしは知らんぞ』


「仕方なかろう。闇市で破産した村の特産品を無理やり売り込もうとしたらこうなったのだ。吾輩は一切悪くない!」


 あぁ……そういえば前に「闇市で破産した村特集」というのを見たことがあるのう。


 確か、住民総出でケンちゃんグッズを買いあさった結果、村の財政が完全に破綻して再起不能にまで追い込まれた悲惨な村の話じゃったな。


 こうした破産村がそこそこ出てきたせいで、一時期金貨の価値が急変動したとかなんとか。


『まぁ、わしは経済についてはさっぱりじゃから口出しはせんが……ん?』


 裏口から建物に入ろうとしたとき、垂れ幕を掲げた謎の集団が目に入った。


<ケンちゃんを開放しろ~!!!ケンちゃんを隔離するなぁ~!オスという神聖な存在を金儲けの道具にするな~!


<そうだそうだ!ケンちゃんが可哀想だろ〜!


 楽しそうに列に並ぶ人たちに向かって、その集団が意味不明な言葉を声高に叫び、周囲を騒がせている。


『なんじゃ?あの妙な集団は……』


「あぁ……あれは”ケンちゃん解放運動”の奴らだな。リニューアル初日から出てくるとは、なかなか骨のある者たちではないか」


『ケンちゃん解放運動?なんじゃそれ?』


 まったく聞き覚えのない言葉に、思わず頭の中で疑問符が踊る。


「そうか……エルフの森に行ってた貴様らは知らないか。奴らはここ最近活発に動き始めた集団で、ケンちゃんを監禁して無理やり交尾するのをやめろと主張しているのだ」


『奇妙な連中もおるものじゃのう。仮にその要求が通ったとしても、ケンちゃんが解放されれば自分たちが交尾するチャンスが奪われるだけではないか』


「奴らは自分たちの損得ではなく、オスの平穏を第一に考えて行動している。オスはメスに守られて、種馬になるのが当然とする吾輩らとは思考回路が違うのだ」


 思考回路が違う……確かにそうじゃな。


 だって、オスは交尾するために1/3000という確率を経てわざわざ生まれてきた。そんなの、種馬になっていっぱい交尾したいからに決まっておる。


 むしろ種馬にしないのは、この世に生を受けたオスに対する冒涜じゃからな。


「しかし、なぜ突然あのような方達が現れたのでしょうか?交尾用のオスを確保して種馬にするのは、昔から続く文化のはずなのに……」


「確かに。ラミィさんの言う通り、今更……です」


 わしも疑問に思ったことをラミィが質問する。


 オスを監禁するなんて、今どきは人間族が相手でなくても行われている……なのに、今更それを否定するとは理解に苦しむのう。


 我ら獣人族のオスも、ケンちゃんと同じように位のある者に監禁、もとい保護させておる。


 年に数回しか外に出ることは許されず毎日交尾の義務も課されておるが、幸せそうに食事をしていたとお母様がいっておったな。


「一応、前任者の時代から似たような存在はおった。ただ今回の規模は以前よりも格段に大きい。どうやらケンちゃんを偶像化したことが奴らの何かに触れてしまったのだろうな」


「つまり、子孫繁栄の種馬としてオスを利用するのは仕方ないが、偶像化のようにオスに余分な負担をかけるのは許せない……ということでしょうか?」


「さぁ?異常者の思考回路まで把握するほど吾輩は暇ではない。ああいう奴らは、適度に叫んだら満足するんだ。無視で問題ないぞ」


 そう言い放った魔王様は、その騒がしい集団が存在しないかのように振る舞い、そのまま建物の奥へ進んでいった。


『まったく……ケンちゃんとの交尾を強行する集団がいれば、今度は逆に交尾をやめろと主張する集団が現れるとは。魔界というのはなかなか面倒なところじゃのう』


「魔界は非常に多彩な種族が混在して生活していますから、意見の対立が生まれるのは仕方ないですよ。暴力で解決しないだけまだ有情です」


『…………それもそうじゃのう」』


 先週の忌まわしい出来事――ケンちゃんの貞操が魔王様に奪われた場面を思い出し、話をそこで打ち切る。


 ぐぬぬ……


 あの集団さえいなければ、魔王様ではなく、わしがケンちゃんと交尾できたというのに……絶対に許さん!


 こちらは居場所も顔も把握しているのだ。必ず復讐してやる!


 ガチャ!


「よし!では今からケンちゃん園の視察を開始する。皆、気持ちを切り替え、誠心誠意、純粋無垢な心でケンちゃんを視姦するがよい!」


 魔王様は最後の扉を開け、こちらを振り向いて宣言する。


「吾輩も今日の為に仕事を終わらせたのだ。最大限の愛情と興奮をもって、ケンちゃんの神秘を余すところなく堪能するぞ!」


 ワクワクと緊張が入り混じる中、わし達はケンちゃん園の敷地に足を踏み入れた。



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