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第86話 ゴンに頼めば私達も………じゅるり

「さ~てケンちゃん♡いつものお返ししてやるさかい。こっちに来なはれ♡」


 突如現れた美しい女性が、どこか妖艶な笑みを浮かべながら、ゆるやかに手招きをしてくる。


「うちのテクニックっで蕩けさしたるわぁ♡」


「ちょ、ちょっと待って……あなた達誰なんですか?」


「おや……わからへんの?あんたのお嫁はんのゴンやで?」


「そして私はハムリンだ!ケンちゃんの方が小さいのは新鮮だな!」


「ゴンさんにハムリンさん……え!?ゴンさんにハムリン!?」


 目の前の女性から、先ほどまで楽しそうにじゃれ合っていた二匹の名前を耳にして動揺する。


「ふふ~ん。どうや?あんたの好みになっておるか?」


 ユサユサ……


 確かに、ゴンさんを名乗る女性は尻尾が三つに分かれていたり、少し釣り目だったりとゴンさんの面影がある。


 そしてハムリンさんを名乗る女性も、くりくりとした瞳に、指で押したらへこみそうなほどぷにぷにとした頬、愛嬌に満ちた口元と……その全てに見覚えがあった。


「もしかして……ゴンさんの術ですか?」


「その通りや。うちの新しい術でケンちゃんとおんなじに人間になってみたわ。どや?綺麗やろ」


 気分が高揚しているのか、ゴンさんはその場で一回転する。


「なるほど……そういうことか。てっきり本当に人間になったのかと勘違いしましたよ。幻覚で遊ぶのは構わないけど、あまりやりすぎないでくださいね」


「ん?いや、本当に人間にはなっているよ?」


「……………え?」


「仕組みはちょっと複雑やけど、今この瞬間だけ、うち達は正真正銘人間のメスやで。幻覚に近い存在かもしれんけど、ちゃんと実体もあるから幻覚やないよ?」


「ごめん……全然意味がわからない」


 元々この世界の魔法についてはほとんど理解していない僕には、ゴンさんの「幻覚に近いけど幻覚ではない」という言葉の意味がさっぱりわからなかった。


「そうやねぇ。理解するためには……そや。これ食べてや」


 ゴンさんがコン!と短く吠えると、見ただけで辛いとわかる赤い植物をが生成させた。


「大丈夫……死にはせぇへんから。思い切ってグイっといき」


「めちゃくちゃ嫌だけど……わかりました」


 ガブ――何か仕掛けがあるのだろうと思いつつも、勢いよくかぶりついた瞬間……


「か、辛っ!舌が焼ける!辛い!」


 案の定、口の中に燃え盛る火炎のような辛味が押し寄せる。

 もはやこれは”辛い”を通り越して痛みに変わるほどの衝撃だった。


「それが以前までうち使うとった術。次は新発明した術で作った植物を食べや」


「ひぃ……ひぃ……いやだぁ……」


「あらあら……ケンちゃんはわがままやねぇ。せやけど、これを食べたら、あんたの望むような気持ちええご褒美をたっぷりあげはるよ。だからちょっと辛抱してみぃ?」


 ガブ……抵抗する暇もなく、真っ赤な植物を無理やり口に押し込まれる。


「辛!めちゃくちゃ辛い!てかさっきと同じじゃん!」


 一口食べた瞬間、先ほどと同じ強烈な辛さが口いっぱいに広がり、思わず全身から汗が吹き出す。


「ふふ、何か気づいたことはあるん?」


「わかんないよ!どっちも辛い!」


「あら、残念やわぁ。正解は汗の有無やで。一回目は汗出てへんかったけど、二回目は出とったやろ?」


「あ、汗?」


 言われてみると、確かに最初はただ辛いだけだったけど、今は体中から滝のように汗が噴き出している。


「以前の術はただ辛い物を食べた感覚を与える。新しい術は本当の辛さが襲ってくる。ケンちゃん目線はあまり変わらないかもやけど、幻覚を無効化するあの耳長共には効果抜群なんよ」


「うーん……?要するに、感覚を模した幻覚と本物を模した変化ってことか?うむむ……」


 わかるようでわからない説明に頭を悩ませる。


「大丈夫だ主殿!こうして人間になった私ですら仕組みはさっぱりだからな!理解しようと頑張っているだけで偉いぞ!」


 なでなで……


 人間態のハムリンさんは唐突に頭を撫でてきた。


「あの……何してるんですか?」


「いつも頭を撫でられているのは私だからな!今回は大きな私が、主殿を撫でてあげるぞ!」


 なでなで……


「あの……ちょっと……」


 正直、美人の女性に頭を撫でられるとドキドキしてしまうからやめてほしい。


「主殿は可愛いな~」


 こ、これが本当にハムリンさんなの?


 いつも胸ポケットで不思議な体勢で眠ったり、植物の種を口いっぱいに詰め込んで爆走していたハムリンさんなの!?


 あの小さくて愛らしい存在が、目の前でこんな美人になっているなんてまったく信じられない。


「今日はいっぱい甘えていいからな!」


 なでなで……


 思わず頬ずりしたくなるほどのなめらかで気持ちいいハムリンさんの手。


 その手が顔に触れるだけで心地よさが全身に広がってしまう……う、ダメだ!ダメだ!


 もしこれでハムスターに欲情するようになったら人間として終わる!


 そう判断して必死に抵抗するが、ハムリンの腕力が強すぎて一瞬で捕まった。ハムスター状態にすら勝てなかったのを考えると、当然といえば当然である。


「なるほど……撫でれば撫でるほど身をよじる姿が楽しいです!主殿が毎日楽しく撫でる理由がわかった気がします!」


 ニコッと満面の笑みを浮かべたかと思うと、今度は両手で僕の顔全体を包み込むようにして撫で回してくる。


 このままだと本気で頭がどうにかなりそうだ。


「羨ましいわぁ……ほな、せっかく人間になれたんやし、うちもたっぷりご奉仕させてもらうで♡」


 ギュッ……♡


 ゴンさんの両腕がしっかりと僕を抱きしめ、身動きが全く取れないまま密着する体勢になる。


「あ、あの……付き合ってもいない男女がそういうことするのはいかがなものかと」


「遠慮なんていらんよ♡ふふふ……それに、いつもうち達を発情するよう仕向けておいて、急に逃げるなんてするいわぁ」


 なでなで……


「こうしてみるとケンちゃんって小さいやな~。ほ~らよしよ~し♡」


 ハムリンさんの単調な撫で方とは違い、ゴンさんは顔全体を絡め取るようにして触れてくる。


 なでなで……カリッ!


「ん……♡」

 

 ときどき爪で軽く引っかき、意図的に感覚を惑わせる技術が憎い。

 狐であるゴンさんがどこでこんな技を……あ、僕か。


「そうだハムリン。いつもケンちゃんにやれているあれ♡一緒にやらへん?」


「あれ……?ああ!あれだな!良いぞ!」


 抱き合った状態で、二人は僕の両耳に顔を近づける。

 そしてそのまま、耳元でひそひそとささやくような体勢を取った。


「いったいなにを……」


「「ふ~~~~♡♡♡♡♡」」


「ふわぁ……♡」


 耳にあたたかい息が伝わると、快楽が脳を駆け抜ける。


 サワサワ……♡


 目の前がチカチカして困惑している僕を無視するかのように、耳穴に指が入り込んできた。


「どんな気持ちや。いつも発情させてるうち達に嬲られる気持ちは?念願かなって嬉しいか?」


「別にあれは良かれと思って……♡発情させようとしているわけでは……♡」


「ほ~ん。ならあんたは天然の淫乱やね。そんな悪い子にはお嫁さんであるうちが。ちゃ~~んとお仕置きしてやらんとなぁ。ペロ♡」


「あっ♡」


 耳にぬるっとした感覚が入り込み、背筋がびくびくと痺れる。


「私もいつも気持ちよくさせてもらってるからな!主殿に恩返しをするぞ!ペロ♡」


 耳に触れられただけでさえ強烈な刺激だったのに、ゴンさんとハムリンの舌が耳の内側を隅々まで這うように動き始めた。


 ペロ♡ペロ♡ペロ♡ペロ♡


「あっ♡あっ♡やめてください♡」


「ペロ……♡やめへんよ~。いっつもやめてくれないのはケンちゃんの方やからな~次は……顎下をカリカリ~♡」


 足を動かして快感を逃そうとしても、体はしっかりと固定されており、まったく自由がない。


 僕はただ、無様に捕まった獲物のように歯を食いしばりながら現状を耐えるしかなかった。


「ふふ、ドキドキするやろ?実はさっき食べた辛い植物にはちょっと催淫作用があるんや♡」


「なんでそんなことするの♡」


「それは、ケンちゃんを心も体もぐちゃぐちゃにしたいくらい大好きやからやで♡」


「え……」


 突然の愛の告白に、思わず言葉を失う。


 え、ゴンさんって……僕のこと異性として好きだったの!?

 ただペットが飼い主に懐いているだけだと思っていたのに……まさか本気?冗談とかじゃなくて?


「あの……ゴンさ……」


「は~い、こっちの顔を見るんや♡」


 先ほどの発言の真意を確かめようと声をかけるが、手で顔を掴まれて、強引にゴンさんと目を合わせさせられる。


 ピカーン!


「私はゴン様の番♡私はゴン様の番♡私はゴン様の番♡……さぁ復唱するんやで」


「私は……ゴン様の番……」


 その宣言とともに向けられた、炎のように赤く光る瞳。

 その瞳を覗き込むたびに視界の端がぼんやりとかすみ、頭の中の思考がゆるく溶けていくような感覚に包まれる。


「私はゴンと結婚して服従する♡」


「私は……ゴンと結婚して……服従する」


 もはや自分が何を考えていたのかすら曖昧で、唯一残っているのは、言葉を復唱しなければとうい使命感のみだった。


 ピカーン♡


「は~い。これで番の契りは完了や。これからよろしゅうな。旦那はん♡」


 よくわからないけれど、頭の中が幸福感に満たされ、自然と笑みがこぼれる。


 何か聞かなけばならないことがあった気がするけど、幸せだしなんかどうでもいいや♡


「えへへ……ゴンさんと結婚できてウレシイ♡」


 スリスリ……♡


 僕は甘えるように顔を擦り付ける。


「あぁ!ほんまにカワイイ!もう我慢できへん!このまま交尾をいこうか。生まれるのは人間族になるが、ちゃんと妊娠も出産も出来るから安心するんやで♡」


「く……大変羨ましいですが、私は私なりにケンちゃんを堕とすので、先にやってもらっても構いませんよ」


「ハムリンありがとうな。じゃあさっそく……」


 バン!


『アウト!アウト!アウト!今すぐケンちゃんから離れるのじゃ!というか、貴様らどっから沸いた!打ち首じゃ~~~!!!』


 ボン!


 ルナさんが入ってきた途端、二人は瞬く間に元の動物の形へと変化していった。


「はぁ……♡はぁ……♡助かった……」


 ガクッ……


「コン♡(やっぱし変化の時間はまだ長ないか。そやけど体力追いついたらあのまま交尾出来るのんはわかった……ふふケンちゃん♡楽しみしてるんよ♡)」


 後日、檻の中に現れた2匹の女性は指名手配されたという。

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