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第85話 そろそろ本気で堕としますえ♡


 柔らかな芝に体を預け、まるちゃんさんに抱きつかれながら目の前の光景をぼんやりと眺める。


「キーキー!」「ピピピ!!!」


 まるで半裸でいるのを怒鳴りつけるような勢いで鏡を叩かれるので、慌てて服を着ようとしたのだが、時すでに遅し。

 僕の上着は動物たちの引っ張り合いの対象にされていた。


「キュピイィィ♡♡♡」


 どうやら今はワッフルモフモフさんの所有物になっているらしく、頭をぐいっと突っ込んでは満足げに鳴き声を響かせている。


 僕の汗がたっぷり染み込んでいるから、あまり匂いを嗅いでほしくないんだけどなぁ。


「わっふ!」


「あ、奪われた……」


「キュピイィィ!!!」


 今度はまた別の動物がひょいと服を奪い取り、まるで遊び道具のように次から次へと所有者が変わっていく。


 ぐ~~~!


「う……そんなの見てる場合じゃない。お腹空いた」


 動物たちの微笑ましい様子を見て和んでいると、不意に大きなお腹の音が鳴った。


 きっと激しい運動をしたせいでエネルギーを使い切ったのだろう。お腹がペコペコだ。


「ふにゃ~♡」


「おや?まっしろちゃんもお腹空いたんですか?まったく、ルナさんも説明もなしにここに連れてくるなんて酷いですよね~」


 なでなで……


 突然現れた、柔らかい白い毛並みを持つ猫のような生き物を撫でる。


 この子はまっしろちゃん。人懐っこく、僕の指をカミカミするのが何より好きな女の子。


 部屋の中では小柄なほうだけど、その可愛い外見に反して、時々口からビームのような光線を放つことがあるので気を抜けない。(2敗)


 ポト……


「ふにゃ~!(お腹空いたのか!これやるから犯らせろ!)」


「なんですかこれ……あぁ、虫の死骸。結構ですのでまっしろちゃんが食べてください」


「ふにゃ!(なぜ受け取らない!お前はこの国の娼婦のはずだぞ!いいから犯らせろ)」


 カミカミ!


「いたたた……」


 僕がプレゼントを避けたのが気に入らなかったのか、まっしろちゃんは小さな歯で僕の指を甘噛みしてきた。

 手加減はしているみたいだけど、チクッとした痛みが走る。


「がう!(貴様……番である我の前でケンちゃんに迫った上に娼婦扱いとは、相当死にたいようだな!)」


「ふにゃ!(別にいいじゃん!ケンちゃんは誰にでも媚びる淫乱なオスって評判なんだぞ!他のメスと交尾しているところを見たって話も聞いたし!)」


「がう!(な……この前から妙にメスの濃い匂いがすると思ったら!ケンちゃん本当か!?本当なら今から上書き交尾であるぞ!」


 ガシッ!ガシッ!


「いたたた……」


 今度はまるちゃんさんが何かを催促するように背中を叩いてくる。


「もしかして、まるちゃんさんもお腹が空きましたか?僕も何か食べたいですよ……虫以外で」


 チリンチリン!


「ん……なにこの音?」


 突然ベルが鳴り響いたかと思うと、鏡の一部がゆっくりと縦にスライドする。


 ニョキニョキニョキ!


 壁の隙間から、白や黒、毛に覆われた肌に、硬い鱗で覆われた肌。さらには虫っぽい異形の手がぞろぞろと生え、部屋が一瞬にして不気味さで満たされた。


「な、なんだこれ……あ、よく見ると肉の切れ端がある」


 手の先にはこんがりと焼けた肉が揺れており、まるでこちらを誘うように揺れていた。


「食べていいのかな?」


 もぞもぞ!


「キモ……」


 僕がわずかに前へ進むたび、無数の手が肉を持って激しく動き始める。


 まるで「私を選んでくれ」と言わんばかりにうにょうにょとアピールしてくる動きがなんかキモい。


「これホラーゲームでよく見る光景だな……まぁ腹も減ったし貰うけど」


 パク……パク……


 僕は差し出されたお肉の欠片を指先でつまみ、ためらわず口へ放り込む。


「モグモグ。お肉自体はいつもの美味しいお肉ですね……取れねぇ」


 中には意地でも離そうとしない手や、ぐいっと口元に押し込もうとする手もあった。


 しかし、不思議な動きをした腕ほど、まるで幻のように跡形もなく視界から消え失せる。

 そして次の瞬間には新しい腕が現れ、また同じようにお肉を差し出すのだった。


 うん……やっぱりホラーゲームだこれ。


「まるちゃんさんもたべま……」


「ガウ!ガウガウ!」


 まるちゃんさんにお肉をあげようとしたが、すでに別の腕を両手で押さえ込み、そのままためらいもなく食べている。


<痛い!痛い!私はケンちゃんの為に高い金払ってこの権利を勝ち取ったの!こんなデブ狼の飼育員になりきたんじゃない!


<ざまぁみろ!私なんてケンちゃんに指を舐めてもらったんだ!見ろよここ!ケンちゃんの唾液がねっっっっとりとついてるだろ!絶対にこの指は洗わない!


 わずかに鏡に隙間が出来たことで、向こう側の声が流れ込んでくる。

 向こう側にいる人数は想像以上に多いようで、ざわざわとした気配が漂っていた。


「あれ……この感じって前にあった動物園なのでは?」


 目覚めてからずっと抱いていた妙な既視感。その正体にようやく合点がいった。


 そういえば、あの時も似たような感じで連れてかれてたな。


「がう!」


<ぎゃああぁぁ!指!指噛まれたぁ!!!!スタッフふぅぅ!!!


 僕が動物たちと一緒に展示されているのは、たぶん僕ひとりでは集客できないと判断されたからに違いない。


 思えば、前回もあっという間に公開中止になっていた。


「く……僕にもっとアイドル級の可愛さがあれば!」


 自分自身の無力さと不甲斐なさに涙がでてくる。相変わらず僕は役立たずのようだ。


「……まぁ、落ち込んでても何も変わらないか。ここは気分転換にお肉をゴンさんにあげて可愛い姿を眺めようかな。ゴンさ~ん!美味しいお肉ですよ~!」


「………………」


 声を張り上げて呼んでみるが、ゴンさんはどこにも姿を見せない。


 おかしい……エルフの森に行く前は名前を呼べば必ず駆け寄ってきたはず。服に変装して一緒にお風呂に入るくらいには懐いていた。


 僕を不審者エルフから助けられなかったことを悔やんでいるのだろうか……心配だ。


「探すか……」


 見つけたらお肉だけでなく、マオウさんに大好評だった【手取り足取りなでなでフルコース】を惜しみなく施してあげよう。きっと元気を取り戻してくれるに違いない。


「どこかな~さっきはここらへんで寝てたはずだけど……いた!」


 少し歩きながら周囲を見渡すと、大きな尻尾をゆらゆらと揺らし、ハムリンさんと一緒に走っているゴンさんを見つけた。


「コン……(もう疲れた。そろそろ休憩にせぇへんか?)」


「ハム!(甘いです!辛い時ほどこそ成長のチャンス!【もう二度と負けない】とお互いに誓ったのは嘘だったのですか!?敵の顔を思いだしてください!)」


「コン!!!(敵の顔……わしの幻影を見破っただけでなく、ケンちゃんの唇をペロペロと……あぁ!今思い出しただけでも腹が立つわぁ!)」


「ハム!!!(私も、あの無数の足を生やした大女が許せない!毎日ケンちゃんの首を傷つけいるのに止められない!私は無力です!)」


 2匹を見つけたのはいいが、ただの追いかけっこにしては緊張感がありすぎて、止めようにも止められない。


「このお肉どうしよう……ここに置けば勝手に食べてくれるかな?」


 ガサッ……


「ハム!(む、この安心する足音は……主殿!)」


「ゴン?(おやケンちゃん。こんなところでなにしてはるん?)」


 そっと様子を見ようと思っていたのだが、2匹とも僕の存在に気づき、尻尾を振りながら勢いよく抱きついてきた。


「ゴン!(最近は特訓続きでなかなか会いに行けんと申し訳あらへんなぁ。二度とあんたはんを手放さへんよう、こないして日々鍛錬してたんやで♡)」


 スリスリ……♡チュ♡


「ゴン♡(これはお詫びのキスや♡)」


「何言ってるかわからないけど、ゴンさんが元気になってよかったです!」


 なでなで……


「ゴン!(うふふ♡そうや。ついに会得したあの耳長達を倒す為に編み出した奥義……まずはケンちゃんで試さしていただきますわぁ)」


【ゴン!(ファントォス!)】


 ブホォッ!


「何これ……けほっけほっ」


 ゴンさんが勢いよく吠えた瞬間、もくもくと煙が周囲に広がり視界を覆い尽くす。


「え…………」


「ふぅ……これが幻覚をさらに極めた変化。おっとっと……2足歩行でバランスを取るのんはこないにもややこしいんか。ケンちゃんはいつも大変やねぇ」


「ゴン殿も幻術の修練に加え、肉体の鍛錬をしたほうがいいですよ!そうすればより強く、より頼もしくなるはずですから」


 立ち込めた煙が次第に消えて視界がはっきりすると、目の前には日本語を流暢に話す二人の女性が現れた。


「は……え?どういうこと?」


「さ~てケンちゃん♡いつものお返ししてやるさかい。こっちに来なはれ♡」


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