第84話 ルナ様!貴方まで正気を失わないでください!
「おっも……」
まるちゃんのふわふわで温かな体毛に包まれ、その重量感を全身で受け止めながら目を覚ます。
この目覚め方も、すっかり慣れてしまったな。
「まるちゃんさ~ん、そろそろ起きてください」
「がうぅ……」
季節は冬へと移ろい始め、その寒さを和らげてくれるまるちゃんさん体毛はありがたい反面、少し暑苦しい。
とはいえ、以前こっそり抜け出して毛布で寝ていたら、翌日毛布をズタズタにされてしまったので今では素直に受け入れている。
「がう!(おはよう愛しき我が夫よ)」
「おはようございます。んぅ……ふぁぁ、よく寝た。さて今日は何をしようかなって――いててて!わかってますよ。背中に乗ればいいんでしょ?」
起きて早々、甘噛みして急かしてくるまるちゃんさんに根負けし、ため息をつきながら背中に騎乗する。
「がう!(そなたは浮気癖があるからな。今日も吾輩から一歩も離れずについてくるがよい!)」
「まるちゃんさんは朝から元気ですね」
「ふしゅぅZzz……ふしゅぅZzz……」
「それに比べてハムリンさんは寝坊助さんですね。まぁ、そういうところがかわいいんですけど」
なでなで……
昨晩から内ポケットにすっぽり収まり、小さく丸くなって眠るハムリンさんをそっと撫でる。
「ふしゅ……♡」
「はぁ〜癒される……ってあれ?」
穏やかな寝息を聞きながら、今日も一日が始まったことを実感していると、ある違和感に気が付いた。
「いつも通りに動物たちがいたから全然気づかなかったけど……ここどこ?」
部屋を見渡せば、自然を感じさせる雰囲気や置かれている木々は似ているものの、配置が少し異なっている。
特に違和感を感じるのは壁で、本来なら植物模様が施されているはずが、どこまでも映し返す巨大な鏡へと変わっていた。
「なんだろうこれ。まるちゃんさん、壁の方に行ってくれます?」
「がう!」
「ありがとうございます……ふむ、見たところ普通の鏡ですね」
コンコン!
叩いてみても乾いた音が部屋に小さく響くだけで変な所はない。本当に普通の鏡だ。
「あ、寝癖ついてる……ついでに直しておこ」
鏡をじっと見つめると、僕の頭の毛がひと房だけぴょこんと跳ねているのに気づく。
シュッ……シュッ……
いつアウラさんに会っても問題ないよう、軽く手ぐしで整えた。
「それにしても、気持ちよかったかな……」
アウラさんと身体を重ねたあの時は頭がぼんやりしていてよくわからなかったけど、今ならあれがどういう意味だったのか察しがつく。
「ふふ〜ん♪」
アウラさんは、美人で、優しくて……そして僕の病気を治してくれた人。そんな人と付き合えるなんてシンプルに嬉しい。
それに――アウラさんと愛し合ったあの時間は「気持ちいい」という言葉で表すのが勿体無いほど気持ちよかった。
感触を思い出すだけで、、無意識に体が震えてしまう。
「早く会いたいなぁ……♡えへ、えへへへ♡」
「がう!」
ゆさゆさ!
「ああ、ごめんなさい。髪をとかすのはまるちゃんさんのお仕事でしたね。それじゃあ、背中から降りますよ」
舐めやすいよう背中からそっと降りると、間を置かずにまるちゃんが覆いかぶさってきた。
ペロペロ……ペロペロ…………
水を浴びた温かい舌先が、跳ねた髪をなぞるように器用に整えていく。
「あ、顔は舐めないでいいですよ。あとで水洗いするので」
ちょっと仕上がりがベタ付くので好きではないが、これも逆らったら痛い目を見るので素直に従う。もう天然のワックスだと割り切っている。
「がう♡」
へこへこ♡ドスドス♡
まるちゃんさんが満足するまで待っていると、仰向け状態の僕に向かって激しく腰を打ちつけ始めた。
へこへこ♡ドスドス♡
「まるちゃんさん?それ腰が痛くなるのでやめてくれません?あと毎回ベットリとして嫌なんですけど」
ガブ♡
「いた……」
口答えをすると首を噛まれる。こうなったまるちゃんさんは止まらないし、止められない。
悲しいが、貧弱な力しかない僕はまるちゃんさんの行為をただ受け入れるしかない……
もしかして僕ってまるちゃんさんに甘いのかな?でも可愛いから仕方ない。モチモチのお腹最高!
「はぁ……まるちゃんさんは甘えん坊さんですね」
なでなで……もちもち……
「がうぅぅぅぅ♡♡♡♡」
軽い仕返しのつもりでまるちゃんさんの体を撫で回すと、嬉しさを隠せない様子で声を上げ、身体をピクピクと痙攣させ始めた。
<いいなぁ。私もケンちゃんとドスケ…………たい!!!
<そこをかわ………代わりに私が……!!
「ん?なんか声が聞こえたような…」
人がいるはずないのに、すぐ後ろにあるガラスから何やらざわざわとした気配を感じる。
もしかして何かが潜んでいるのだろうか……少し怖いな。
「がう♡(大好きだぞ我が夫よ。このまま沢山子供を作ろうな♡)」
スリスリ……♡
謎の行為に満足したのか、まるちゃんさんは力強く頭をこすりつける。
きっとこれは「私が守る!」と怯えた僕を安心させようとしているのだろう。さすがは部屋のリーダーであるまるちゃんさんだ。気配りが出来ている。
「そうですね、まるちゃんさんがそばにいる限り安心です。ルナさんが来るまで、この部屋を歩き回ってみましょうか」
「がう!」
まるちゃんさんの背中にしがみつきながら、野球ができそうな広さがあるこの部屋をゆったりと歩き回る。
部屋の中には、ワッフルモフモフさんがくつろぐ止まり木や、まっしろちゃんさんが楽しそうに遊ぶジャングルタワーが設置されていた。
「きゃうん♡」
僕が近くを通るたび、元気に動き回っている動物たちが顔に向かって突進してくるが、まるちゃんさんが即座に阻止。
動物たちはシュンとしながら、どこか不満げに帰っていく……可哀そうだからあとでちゃんと撫でてあげよう。
「なんか僕でも遊べそうな面白そうな物ないかな……」
カラカラカラ……
「ん?あれは……」
音のする方向に目を向けると、ハムスターが使う回し車を巨大化した遊具が設置されていた。
その中でティアラさんが全力で走り続け、体を上下に揺らしながら必死に動いている。
たぶんあれは、お肉ばかり食べて太ってしまった動物達を運動させるために置いたのだろう。
「よし!僕もアウラさんにカッコイイと思われるよう少しでも運動しようかな。ティアラさん、次は僕が使ってもいいですか?」
「ワン!(失せろ淫乱なオスが!毎日毎日、メスの匂いを撒き散らしやがって!自慢か!?自慢なのか!)」
「がう!(どけ……我が番の邪魔をするなら容赦せんぞ!)」
「ワン♡(わかりました♡まるちゃん様♡……チッ)」
キングさんにものすごい形相で睨まれたけど、まるちゃんさんの交渉のおかげで何とか交代してもらえた。
「よっと……結構揺れるな」
足場が空中で固定されているためか、足を乗せると微かにぐらつく。
立つためには、体の重心を意識して慎重にバランスを取らなければならないのでちょっと難しい。
カラカラカラ……
「おう……ちゃんと回転してる」
僕が走るたびに回し車がぐんぐん回り、足元から伝わる振動がスリルを感じさせる。
「はぁ……はぁ……楽しいな」
この世界に来てからは、ルナさんやラミィさんに常に見守られ外に出ることなんて夢のまた夢。
きっと貧弱な僕を守ろうとしてくれているのだろうが、正直少し過保護すぎる気がする。欲を言えばもっと外に出て自然を味わいたい。
「よーし!もっと走るぞー!」
前の世界で病気のせいでほとんど動けなかった僕にとって、思いきり体を動かすのはシンプルに楽しい。
誰にも止められず、ただ自分の足で走れる――その感覚が懐かしくて胸の奥がじんわり温かくなる。
「ふしゅ?……ふしゅ!」
僕が激しい運動したせいで目を覚ましたのか、ハムリンさんが胸ポケットから出てくる。
「ふしゅ!」
眠そうにぼんやりしていたかと思えば、いきなりほっぺにキスをしてきた。
「おはようございます。ハムリンさん。一緒に走ります?」
「ふしゅ!」
肩から飛び降りたハムリンさんが、トテトテと小さな足を必死に動かして目の前を爆走していく。
ぷりぷりと左右に揺れるお尻が、まるでぬいぐるみのように愛らしい。
「がう!」
「ふぅ……ふぅ……あ、まるちゃんさんも走るんですか?――って、速っ!」
まるちゃんさんが隣で地面を力強く蹴るたび、同じ回し車にいる僕の足も自然とペースを上げさせられる。
「はぁ……はぁ……あれ?」
そこで僕はある重大な欠陥に気づく。
「これどうやって止めよう」
普通のランニングマシンなら足を止めれば後ろに流れて終わるけど、これはそうはいかない。
この勢いのまま止まったら、一回転はおろか一番高いところから真っ逆さまに落ちて大怪我……なんてことになりそうだ。
「がう(たまには本気で走っているか……)」
ガラガラ!!!
「ちょ……まるちゃんさん!?」
まるちゃんさんが強く足場を蹴ると、回し車はまた一気に加速。
体が少し浮くような感覚を覚えるほど、スピードのギアが上がった。
「くっ……負けるかぁぁぁ!!!」
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「はぁ……はぁ……はぁ……っ、もう限界……汗で全身ベットリ」
結局、まるちゃんさんたちの無尽蔵な体力に付き合わされ何周も何周も走り続けた。
背中を伝う汗のせいでシャツが肌に貼り付き、今すぐお風呂に飛び込みたい――それだけが頭を支配している。
「がぅ!」「きゅい!」
地面に項垂れて動けなくなっている僕を横目に、まるちゃんさんとハムリンさんは楽しそうに走り回っている。
本当に元気だなぁ……やはり、どうあっても動物には敵わないな。フィジカルも何もかもで完敗だ。
それよりも……
「あぁぁぁぁ!あっついし気持ち悪い!」
我慢していた暑さと不快感がついに限界を超え、苛立ちが一気に噴き出した。
「…………誰も見てないよな」
周りを見回して動物たちしかいないと確認すると、汗でぐしゃぐしゃになった服を脱いで上半身だけ裸になる。
「あ~さっぱ―――」
バン!バン!バン!バン!バン!バン!バン!バン!バン!バン!バン!バン!バン!バン!
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謎の叫び声と共に、周囲のガラスが尋常ではない勢いで叩かれた。




