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第83話 このボイスは架空の出来事です!ケンちゃんは無事です!

【フィーリアの部屋】


 バタンッ!


「ついに……………届きました!」


 ドキドキする胸の高鳴りを抑えながら、自室へと運び込んだ箱をじっくりと観察する。


「”添い寝・耳かき独り占め♡ケンちゃんの膝枕でとろけるような一時を貴方に♡”……なんとも甘美な響き……です」


 ケンちゃんの写真がプリントされた箱にはこちらの欲情を煽るような文言と共に、機械の説明が書いてある。


「なになに……【左のボタンを押したらケンちゃんの声が流れますので枕を準備して横になってください。また、オスの匂いが染み込んだ物があると、なお最高です。もしお持ちでない方は、リニューアルオープンしたケンちゃん園で金貨百枚の10年ローンで発売していますのでお買い求めください】……ふむ」


 オスの匂いが染み込んだ物………


「あ、そういえば……この前こっそり拝借したケンちゃんの上着がありましたね。それを頭にかぶりましょう!」


 ズボ……


 思い出したすぐ行動。保管してあったホカホカの上着を頭に巻き付けるように被る。


「はぁ……♡ケンちゃんの匂いぃ♡」


 これは言語学習のときに盗んだもの。あの時間はみんなケンちゃんの声に集中してくれるので、物が盗みやすい。


 服以外にも、汗のしみたペンや消しカスまで手に入るので非常に役得……です。


「あ、まだ注意書きがありますね。えっと……【この音声は右のボタンを押したら何度でも流れますので、視聴後に他の方からの強奪行為はご遠慮ください】」


 なるほど……これは完璧な配慮ですね。


 もしこの機械が一度きりしか使用できない代物でしたら、市民同士が争いを始めていたでしょう。


 私だったら、お母さんくらいなら殺ってましたね。


「ふふ、本当に素晴らしい……です」


 何度もオスの声を聞けるなんて、まさに家宝にふさわしい存在。


 機械は生き物じゃないですし、劣化もしないと聞きました。それなら五百年くらいは余裕で持ってくれるでしょうか?エルフ族にピッタリな代物です!


「さて、パッケージ鑑賞はこの辺りで終了です……心の準備も整いましたし、いよいよ開封の儀とまいりましょう!」


 スッ………


 勢いよく破り捨てたい欲求をぐっと押さえ込み、指先に風魔法を集めて慎重に封を開ける。


 パッケージのイラストといえど、ケンちゃんのかわいいかわいいお顔に傷を付けたら、ショックで死んでしまいますから。


「ふむ。これが音声を発する機械……小型化できたといっても、けっこう大きい……です。本当にこの四角い箱からケンちゃんの声が流れるのでしょうか?」


 ポチ……


【おはようございます。ケンちゃんです。元気ですか?】


「お”♡」


 突然のケンちゃんに全身がビクリと震え、手から魔法具が滑り落ちる。


 ガシッ!


「危なかった……です。これを落として壊すなんて考えただけでも背筋が凍ります。って、とにかく早くベッドで横にならないと!」


 私は急いでベッドに向かい仰向けになる。

 そして、これから訪れるであろう極上の時間に胸を高鳴らせた。


「さぁ……ケンちゃん!どこからでもかかってきてください!」


【そうなんだ。疲れてるんだ。最近頑張ってたもんね。偉い偉いです】


【なでなで……】


「おほ♡」


【今日……いっぱい僕に甘えていいからね】


【なでなで……】


「あ、これ……ヤバいです♡録音の時でも破壊力だったケンちゃんの声が、今は布が擦り切れる音や、なでなでの音まで入ってリアルに感じます!ケンちゃん大好き♡」


【疲れている。あなたの為に耳かきしてあげます。こっちにきてください】


【ポンポン………】


【膝の上は気持ちいいですか~痛くないですか?】


「痛くないです!仮に痛くてもケンちゃんの膝の上なら100年はいられます!スーハ―♡ケンちゃんの濃い匂いがしますぅ♡」


【次にお耳触りますね~】


「はうぅぅぅぅぅ♡」


 耳元からケンちゃんの優しい声が届き、脳がじんわりと溶けていくのを実感する。


【耳かきをそっと入れますよ~……カリカリ……カリカリ……ふ~……どうです?気持ちいいですか?くすぐったくないですか?】


「あ”っ♡あ”っ♡あ”っ♡これダメになります♡気持ちよすぎるという次元を超越してます♡こんなの、オスと出会ったことのないメスが聴いたら頭が混乱して脳みそが壊れちゃう……♡ケンちゃんと結婚したくてたまらなくなります♡ケンちゃん以外ではもう発情できなくなっちゃいます♡」


 優しく耳かきをしてくれるケンちゃんを思い浮かべるだけで、涎が止まらずだらだらと流れ落ちる。


 これは本当にやばすぎます♡


 これを合法的に搾取できるなんて、魔王軍最高!エルフの森で過ごしていた頃と比べることすらおこがましい……!


【ねぇ、この耳かきが終わったら一緒に遊ばない?やりたい遊戯があるんだ】


「遊ぶ遊ぶぅ!でもその前に、魔王様ゲームを一緒にしましょう!魔王様の言うことは絶対……です♡エッチなことでもぜーったいに守ってくださいね♡」


【カリカリ……カリカリ……ふ~……】


 耳かきをしている合間に、ケンちゃんと同棲しているかのような音声が続々と流れ、頭が混乱してしまう。


 このままだと現実を見失ってしまいそうでまずい……です。


 まずは一度落ち着いて考えましょう……えっと、私ってケンちゃんと結婚してますよね?それは間違いないですよね?


【はい、耳かきはこれで終わり……ええ?またやってほしいの?うーん。それなら淑女らしく毎日を真面目に過ごして、お仕事も頑張ったらまたやってあげるね】


 そう優しく語りかけるケンちゃん。


 台本がある状態で何度も取り直したとはいえ、だいぶスムーズに話せるようになりました。


 発音もなかなかそれっぽくて、毎日コツコツ真面目に勉強している成果が見えます。なんだか自分のことのようにうれしい……です。


【ねぇ、眠くなってきたから横になってもいい?その……他のメスに襲われたら怖いから、ぎゅっとしてもらえると………うれしいな】


「ふひっ♡」


 ケンちゃんの指示に従い、膝枕として使っていた枕を思い切り抱きしめる。


【ありがとう。じゃあ……………おやすみなさい。チュッ♡】


「あああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!ケンちゃゃゃゃゃゃゃゃゃゃゃゃゃゃゃゃゃゃゃん!!!!!!!!」


 最後に鳴り響いたリップ音を聞くや否や、身体が大きく跳ね上がり、ベッドの上で激しく暴れ回る。


 キス!ケンちゃんからのキス!来るのは知っていたけどなんていう破壊力!


「ぐふふ……なんて素敵なものを作ってくれたんですか♡これを聞いたらもう我慢できないです♡」


 早くケンちゃんをぎゅっと抱きしめたい♡あの続きを現実で叶えたい♡もう決して私から離れられないようにしたい♡


 そんな欲望が頭を支配し、自然と足が扉の方へと向かう。


「ああもう我慢できません♡早速ケンちゃんの元に…………」


【え、我慢できない?ごめん。交尾するのはまだ駄目。今は体調がよくないからこれ以上は………】


「あれ?ここは私の知らない箇所……です」


 もう再生が終了したと思っていた機械から、再びケンちゃんの声が聞こえてきた。


 私がテレパシーで伝えた内容は一字一句頭に刻まれているが、この部分はなかったと記憶しています。


「魔王様が追加で入れたのでしょうか……いえ、もしかしてケンちゃんからのサプライズ告白かもしれません!」


【僕が交尾の準備が出来たら伝えてるからもう少しまっ………いたい】


【ミシミシ……】


【あ……ちから……つよい……いた……やめ……はなれ…………たすけ】


【ゴキ………】


「えっ……」


 耳のすぐそばから、魔物との戦いの最中によく聞こえた鈍く重い音が響き渡る。


 これってまさか………


【あ〜あ。貴様がケンちゃんに無理やり迫ったせいで、ケンちゃんは生きるのをやめてしまったようだ。これに懲りたらケンちゃんには優しくすることだな。絶対に無理やり抱きついたり、強制交尾をさせてはいかん。さもなければ…………ケンちゃんは死ぬからな】


「……………」


 カチッ…………


【おはようございます。ケンちゃんです。元気ですか?】


 突然響いた嫌な音と魔王様の声に呆然としていると、音声は最初の部分に巻き戻されていた。


 ガチャ……


「おや、フィーリア様。ケンちゃんの音声はいかがでしたか?私はこれから聞くのですかが、やはりケンちゃんに見立てた抱き枕を用意して、尻尾で締め付けながら聞いた方が……」


「邪魔ですラミィさん!ケンちゃん!ケンちゃんどこぉぉぉぉ!やっぱりケンちゃんが死ぬなんて耐えられません!死んだら嫌ですぅぅぅぅぅぅ!!!」


 私は運動不足だというのにお構いなしに、ケンちゃんがいるであろう部屋に爆速で向かった。


「何だったのでしょうか……まぁいいです。私もいただいたケンちゃんボイスを聞きましょうか♡」


 カチッ……


 後日、音声を聞いた魔王軍幹部を含む一般市民に大きな影響が及び、竜族の里に限っては人口の9割がうつ病に陥った。


 なお、魔王様の機械だけは最後の会話部分をこっそり削除しているという。


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