第80話 無様な魔王様
魔王――それは、この魔界で生きる者なら誰もが知る最強の存在
力ある者たちの頂点に立ち、血と力を受け継ぎながら数千年もの間魔界を支配してきた。
まさに魔界に君臨する最強の象徴にほかならない。
そんな魔王様とケンちゃんとの交尾……きっと獲物を喰らう捕食のような交尾になるに違いない。
ケンちゃんは蹂躙され、休まる隙もないまま一方的に快楽を刻み込まれていくのだろう。
初めての交尾相手としてはハードかもしれないが、魔族の交尾……例えば空中に連れ去ったり、触手で丸呑みするような連中に比べたれば、まだ優しいほう。
この先待っている“交尾漬け生活"を思えば、ケンちゃんにはなんとか乗り越えてもらうしかない。
そう覚悟していたのだが……
「(マオウちゃん!いい子いい子ですね~)」
「わっふ!へっへっへ♡」
「(はら!ボールを投げますよ?とってこーい!)」
「わふ~!!!!」
魔王様は何のためらいもなくケンちゃんの前に四つん這いとなり、自ら首輪をカチリとはめると、嬉しそうにじゃれ始めた。
先ほど、一瞬で部屋の瓦礫を片付けた威厳はどこへやら、まるで忠実に調教された魔獣の姿そのもので、とても最強の存在とは思えない。
「(マオウちゃん、ボール追いかけるの速いですね。まるちゃんより上かもしれません)」
「へっ♡へっ♡へ♡く~ん♡」
「あの……魔王様?」
「わふふふ♡……なんだ?吾輩は今忙しい。手短に話せ」
「急に真面目にならないでほしいねぇ……普通に怖い」
最初こそ魔王様の姿を見てケンちゃんは怖がり、顔が強ばっていたが、今ではボールを投げてすっかり楽しんでいる。
どんな心の変化があったのか、テレパシーが使えたらぜひ聞いてみたいものだねぇ。
「なんだ……あまり聞きたくはないが、脳が処理しきれないから仕方なく聞くよ。どうしてそんな恰好でボール遊びをしているんだい?」
「簡単だ。魔王とは生まれながらにして最強の存在であり、魔族の頂点として決して負けてはならない……だというのに、小指一本で簡単に勝てるオス相手には無様に媚びへつらうこの背徳的な行為!これこそが吾輩を心から興奮させるのだ!ワン!」
そう言って、魔王様はくるくると三回まわって『ワン!』と鳴いた。ドン引きである。
「まさか、魔王様にこんな性癖があったなんて……知りたくなかったよ」
「無礼なっ!これは単なる趣味嗜好ではない!我らキメラ種に代々受け継がれてきた、正当なら生殖行為だ」
「そ、そうなのかい?」
「ああ、我が母上も同じ方法で交尾の儀を行おうとされたそうだ」
「……本当かい?」
「ああ……だが残念ながら、いきなり魔獣の真似をする母上の姿にオスが怯えて泣き出してしまい、何回も交尾は中止となったらしい。実に気の毒なことだ」
そりゃそうだろうねぇ。
普段は近づくだけで震え上がるような魔族の頂点が、突然ペットのように振る舞いをしてきたら――それはもはや恐怖だよ。
「だが見るがよい!ケンちゃんは他のオスと違い、ちゃんとボールを取ったらなでなでしてくれるし、わしゃわしゃもしてくれる――もうそれがたまらなく嬉しいのだ!まさに理想の交配相手……いや、理想のご主人様なのである!くぅ~ん♡」
スリスリ……
「それって種族の癖っていうより、家族でそういう本を貸し借りしてる環境が問題なんじゃない?」
家族で性癖が偏る……これはよくある話だ。
というのも、魔界の交尾本はどれも高価でプレミアがつくことも珍しくはない。
そのため、親族内で交尾本の貸し借りが一般的な慣習となっており、その結果として、親の性癖は脈々と子供に受け継がれていく。
いやむしろ、自分の好きな交尾本を子どもに収集させるため、意図的に共通の性癖を持つよう誘導する家庭も多いと聞く。
私も昔、お母さんに【蜘蛛族×オスガキ】の本を読み聞かせてもらったことがあるねぇ。
「そもそも、自身をペット化しようとする行動は、生物学の観点から見ても理にかなっていない。やはりキメラ種の本能というより、単なる変な性癖なんじゃ―――」
「なっ……貴様!吾輩だけでなく母上まで愚弄するつもりか?今すぐ打ち首にしてもよいのだぞ!」
魔王様は、ケンちゃんに気づかれないよう細心の注意を払いながら、こちらに鋭い視線を向けてくる。
「申し訳ない。もう何も聞かないことにするよ」
これ以上はやぶ蛇かねぇ。
まぁ、ルナ君だって“首筋に浮き出る血管が最高”とか意味不明ことを口走っていた。あまり他人の性癖には口を出さない方がいいかもしれないねぇ。
「だが最後に一つ助言するけど、そろそろ交尾を開始したらどうだい?ケンちゃんも疲れてるみたいだし、オスは体力ないからねぇ」
「うむ、一理ある。ならば前戯はここまでにして……いよいよ本番に臨もうではないか」
ぬぎ……
下着姿になった魔王様はケンちゃんを軽々と抱き上げ、そのまま獲物を確保した捕食者のような足取りでベッドへと向かっていく。
「(う……考えないようにしてたけど胸デッカ……いや、落ち着け。平常心……平常心……)」
魔王様の豊満な胸に顔を押しつけられたケンちゃんは、少し嫌そうな顔をしていた。
「では交尾を始める。貴様のためにゆっくりじっくり搾り取ってやるから安心するがよい。とりあえず邪魔な服は捨てるぞ」
ビリビリ!ビリビリ!
「(え、急に何するんですか!?)」
「次はズボンだな。言語が通じぬゆえ乱暴に破くが許せ。下手に抵抗すると腕が脱臼するからな動くでないぞ」
ビリビリ!ビリビリ!
裂ける生地の音が周囲に響き渡り、服が次々に破れていく。
気づけばケンちゃんは、生まれたままの姿に限りなく近くなっていた。
「え……エッロいなぁ……交尾本よりも断然エロい。吾輩はこんな極上のオスと交尾できるのだな」
魔王様はケンちゃんの裸に視線を集中させ、食い入るように見つめる。
「(なんで服を剝かれたんだろう。まさかそういう……あ、そうか。まるちゃんみたいに服を破くのが愛情表現的な?ならさっきまるちゃんにしたのと同じように……」
なでなで……
「わふっ♡♡♡」
何を思ったのか、ベッドの上で立ち上がったケンちゃんが魔王様の頭を撫で始めた。
「ケ、ケンちゃん♡ なでなでは嬉しいのだが……ま、待ってくれ!あまりにも密着しすぎているぞ♡」
それは幸か不幸か。ベットに座る魔王様の顔に、彼の小さなお胸がふわりと触れてしまう……非常に羨ましいねぇ。
「(間近で見ると……立派な角ですね。どうなってるんだろ)」
サスサス……
「ひゃあ!!!」
「(なんだか表面がザラザラしていて触ると面白い……硬さもあって、触りがいがあるな)」
サスサス……
「あっ♡ や、やめ……ま、待てケンちゃん♡ 角はダメなのだ♡ そ、そこはっ……そ、そこを前戯で触れられると、いろいろ持っていかれるやつなのだ♡♡」
サスサス……サスサス……
「(あ、ここに汚れのような小さな出っ張りがありますね。取っておきます)」
カリカリ……カリカリ……
ケンちゃんは爪を立てて、魔王様の角の根元にあったオデキのようなものを引っ掻く。
あれって確か……
「やめろおおぉぉぉぉ!!!そこは敏感な部位だからぁぁぁぁぁ♡♡♡」
サスサス……ガリッ!
「お”ぉ”ぉ”ぉ”」
「(あ、ごめん……マオウ…ナンカカケタ)」
ガクッ………ガクガクッ………
「………………」
魔王様が力なく倒れると、ペットの上には見事なまでの世界地図が形成された。完全にノックアウトだねぇ。
「(マオウさん……?寝ちゃった。下着姿になったから、てっきりエッチなことをするのかと思ったけど、ただ下着で寝る派なだけなのか。勘違いしそうだった)」
ツンツン……
「(でもなんでズボンとか脱がされたんだろう。この世界のペットは服を破く習慣でもあるのかな?マオウさんはペットの枠組みかわからないけど)」
脚がガクガクして動けなくなった魔王様のことは気にせず、ケンちゃんはいつも通りのんびりとしている。
「まさか、角を撫でられただけで気絶するとはねぇ………さて、これからどうしようか」
個人的な気持ちとして、ケンちゃんにはできるだけ早く交尾の経験を済ませてほしい。
それは今後の魔界のためでもあるが、今回の事件ように魔界の住民を焦らし続けると不満が爆発してしまう。
なんなら、”初めての交尾相手”というブランドも加わって、このまま何もしない方がむしろケンちゃんが危険に遭うリスクが高まるだろう。
「(なんだか眠くなってきたし、僕も寝ようかな。ふわぁ〜)」
魔王様をぶん殴ってでも交尾させようか考えていた矢先、ふと無防備な姿で横になろうとするケンちゃんが映った……
「おや?もしかしてこれってチャンスかい?」
魔王様が自滅した以上、最初に交尾する権利は自動的に破棄されたと考えていいだろう。
これに関して私は一切邪魔していない。むしろ適切なアドバイスだって与えた。もう守るべき約束や義理は存在しない……ならば!
ガブッ!
「いたっ!」
ケンちゃんが油断している隙に、その小さな体を抱き上げて興奮作用のある毒を注入する。
「あへ~♡」
一瞬戸惑ったような表情を見せたケンちゃんも、すぐにトロけるような恍惚の顔つきに変わった。
これは毒の回るスピードが以前よりも速くなっているねぇ。中毒が進んでいる証拠かな?
「……っぷは。今回は前の倍は注入するけど許したまえ。気持ち良すぎて頭がパーになるかもしれないが……まぁ、よろしく頼むよ♡ケンちゃん♡♡♡」
どちらにしても、今日君は交尾をする運命だったんだ。
相手が魔王様でも私でもそこに違いはない。
なら、ケンちゃんが大好きな私と交尾するほうが、お互いにとってずっと良い結果になるはずだろう?
「さぁ!一緒に幸せな家庭を築こうじゃないか。ねぇ♡旦那様♡♡♡」
ガブッ!!!




