第8話 想像の中では二人目も身ごもってます
「………けほ……けほ……がはぁ!」
ラミィとどちらが先に交尾をするのか取り合っていると、少年が粘着性のある血を吐いて力なく倒れる。
「ッ……!ラミィ!回復魔法を!」
「もうすでにやってます!」
ラミィが必死な表情で回復魔法をかけているが、一向に顔色は良くならない。
「わぁぁぁ!!!どうしよう!どうしよう!死んでしまう!まるちゃんもお風呂を嫌っておるが、まさか人間族のオスは血を吐くほど嫌いとは……」
「落ち着いてください!とりあえず濡れたままではまずいので脱衣場に運んで乾かしましょう」
『わ、わかった!よいしょ......う、タオルの隙間から見える素肌がエッチすぎる!』
「ルナ様!」
『わかっておるわ。いくらこの子が強制的に発情させてくる見た目でも、流石にこの流れで襲いはせん!』
変な疑いをかけてくるラミィをあしらい、急いで脱衣場の床に寝かせる。
『よし、後は確かここに……………あった!』
体を冷やさぬよう、あらかじめ用意していたドライヤーに魔力を注ぎ込み、少年の体に向かって温風を送る準備を整える。
「なんですかその見たこともない機械は?」
『これか?これはペット用として販売されているドワーフ印のドライヤーじゃ。一気に300℃の風で乾かしてくれるまるちゃんお気に入りの凄腕アイテムなんじゃ!』
ポチッ!
『なぬ!?風は出るがあまり熱くない!ぐぬぬ……こんな時に故障なんて許せん!クレーム入れてやるのじゃ!』
スイッチを入れてもぬるい風しか出ないドライヤーに、苛立ちを抑えきれずバシバシと叩く。
「あの……一応確認なのですが、人間族ってその温度の熱風は大丈夫なんですか?スライムに負けるぐらいに貧弱な生き物なんですよ?」
『たぶん……大丈夫なはずじゃ。きっそそうじゃ!わしの直感がそう告げている!じゃあ乾かすぞ~』
「ダメですよ!いいからそのドライヤーの魔源を切ってください!なんでそう考え無しに行動するんですか!」
『だ、だってまるちゃんにこれすると毎回ゴロゴロと甘えた声出してくれるんだもん!この子のゴロゴロ声を聞きたかったじゃもん!絶対にかわいいはずなんじゃもん!』
「言い訳はいいですから!早くタオルと着替えの準備してください!」
ブフォ~~~!!!!
突如、本調子になったドライヤーが音を立てて熱風を振りまく……
「あつっ!あっつ!【ハイヒール】」
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『ふむ……一体なにが原因なんじゃ』
毛布にくるまれてスヤスヤと寝息をたてる少年を観察しながら先ほど起こった現象について考える。
今はすっかり落ち着いているが、こう原因を究明しないとまずい。もし交尾中にも同じことが起きたらトラウマものじゃ。
『それにしても、なぜ回復魔法……しかも上級魔法のハイヒールを使ったのに効かなかったのじゃ?あれは切り落とした腕すら完治するじゃろ?』
「そうですね。まず回復魔法というのは、あくまでも切り傷や骨折などの怪我を治すのに特化した魔法です。それでも治らないとなると、もしかしたら病気や呪いにかかっているのかもしれません……う、あたまがいたい」
4回も回復魔法を使用して魔力切れを起こしたラミィは、氷水で頭を冷やしながら休んでいる。最後の【ハイヒール】に関しては完全にわしのせいで少し気まずい。
『もし病気なら、人間族専用の医者に見てもらう必要があるのう。だが、魔族しかいないこの城に人間族専門の医者なんているわけないし……どうしたものか。』
いっそわしが単騎で村を襲い、人間族の医者を攫ってしまおうか?
魔王様に無断での誘拐は厳しく禁じられているが、まぁ少しくらいなら大丈夫じゃろう。たかが人間族じゃしな。
「あ、そういえばルナ様。以前、魔王城で誘拐された人間族を診ていた医者がいましたよね。その者に頼ってみるのはいかがでしょう?」
『だがそうすると、魔王様にこの子を報告しないといけなくなるぞ。欲を言えばわしの番になるまではこのまま城で隠し通しておきたいんじゃが……』
せっかくオスを拾ったのだから、出来るだけ四六時中交尾を繰り返させて、わし抜きでは生きられないほど依存させてから魔王様に会わせたい。そうすれば、この子がどれだけのメスに襲われてもきっとわしの元に帰ってくるからな。
「ですが。この子の体調を考えると今すぐ行くしかありません。死んだら元も子もないです。それに、人間族を拉致または保護した場合はオスメス問わず必ず連絡を入れるのが魔王軍の絶対ルールです。破ったら面倒なことになりますよ?」
うじうじ迷っているわしに、反論の余地もない正論をズバッと言い放たれた。
そうじゃよな……魔王様が怒ると怖いよなぁ。
『はぁ……わかった。今日はもう遅いから、明日の日の出と同時に出発することにするかのう。また移動に半日使うのか…』
馬車での長距離移動はどうしても尻や腰が痛くなるので、あまり好きになれん。ワイバーンなら素早く移動できるのだが、体の大きいラミィが乗れないためそれも難しいのじゃ。
『とりあえず、後で魔王様に文を出しておこう。しかし、人間族のオスをそこら辺で拾ったという話、魔王様は信じてくれるかのう?どう考えても、ただの悪戯にしか思われないんじゃが……』
「それなら私にいい考えがあります……ちょっと失礼」
ラミィは一枚の紙を、寝ている少年の体にそっと擦り付け、窓の外に投げ出した。その紙は数メートル下の庭へ向かい、風に揺られながらひらひらと落ちていく。
『なにをしておるんじゃ……ん?』
パリン!
「ここからオスの芳醇な香りがする!どこだ!……クンクン!間違いないこの紙からオスの香りがする♡はぁ……はぁ……他の奴に見つかる前に私が使ってあげないと♡あへ♡あへあへあへ♡」
パリン!
窓を突き破った使用人は、まるで戦場に向かうかのような凄みを放ち、また窓を突き破って屋敷へ戻っていった。
「このようにして、オスの匂いを紙にしっかりと染み込ませて送れば魔王様も信じてくれるでしょう」
『大丈夫か?わしたちが付く前に魔王城で大戦争が起きないか?』
「そうなったら医者だけ拉致して帰りましょう」
今、この秘書係が魔王軍を裏切るようなことをさらっと言わなかったか?
まぁ、わしもこの子と先代から受け継いできた魔王軍幹部の地位を天秤にかけるなら、考えるまでもなくこの子を選ぶんじゃが。
『だが、魔王城に行くのなら一番の問題がある』
「移動中、人間族のオスが魔界にいるってわかった瞬間、交尾大会が始まるのではないか……ということですね」
『ああ、その流れのまま魔界の公共肉タンクにされるんじゃないかと心配でならん』
「そこは四天王であるルナ様が頑張ってくださいよ」
『無茶をいうでない。数十人程度の魔族なら余裕だが、オスがいると知られたら百人単位で襲って来るじゃろ。なんなら他の魔王幹部も騒ぎに便乗しそうじゃ』
しそう……というより絶対そうなるじゃろうな。
だって、もしわしが同じ立場にあったら殺してでも奪い取る自信がある。そのくらい人間族のオスは貴重な存在じゃからな。こればっかりは恨んでも致し方ない。
「なら、道中も含めて誰にも気づかれないよう、何かしらの工夫が必要ですね。明日までに大きな布と匂いをごまかせるものを準備しておきます」
『助かる』
「まぁ私としては、ルナ様が魔王様に殺されないか心配ですけどね。今日この子にした仕打ちを知られたら、どうなることやら」
『それを言うでない……』
冷静に考えたらそうじゃよな。
スライムに襲われたところを助けたまでは良いが、ご飯を吐くまで食べさせたり、お風呂では血を吐いて弱った体に熱風を浴びせようとする……
安静にするどころか、真逆のことをしていて誰が聞いても『交尾以外でオスを傷物にするなんて許せぬ!殺す!』ってブチギレるじゃろう。
『やっぱり医者を拉致する方向に変更するのはダメかのう?わしはまだ死にたくはないのじゃ』
「安心してください。ちゃんとこの子と家族三人でお墓参りに行きますので。ほら、ラーミア。ちゃんと手を合わせなさい。あれが無様にもお父さんに熱風をかけて処刑されたルナおばさんだよ?」
『ぐっ……お主が言うと現実になりそうだから残酷な妄想をするのはやめるのじゃ!それにもう娘の名前まで決めるでないわ!わしだって娘の名前を決めたい!』
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【火と風の術式が生み出す最新式魔源ドライヤ—】
<商品説明>
蓄積された魔力を活用し、火の術式と風の術式を組み合わせて300℃の熱風を送り出す最新式魔導ドライヤーが登場!忙しい朝や入浴後のヘアケアをより素早く快適に。(ペットにもご使用可!)
<ご使用時の注意>
・火力調整は不可!: 種族ごとに適切な距離を守り、安全な使用を心がけましょう。
・至近距離での使用は厳禁! :強力な熱風のため、適切な距離を確保してください。
・ドラゴニュート族の皆さまへ:「火力が低い」「300℃も出ない!パッケージ詐欺だ」とのお声を多数いただいておりますが、本製品の触れ込みにある、300℃の熱風はあくまで吹き出し口時点の温度ですので、実際に肌に当たる際の温度は著しく下がるのでご注意ください。特に我がドワーフ魔道具工房に来られましても返金等の対応は一切行っていませんのでご了承ください。
ちなみに、一般的なドライヤーの温度は100℃~120℃らしい。