第78話 決着……そして交尾へ
「これで終わりです!はぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
渾身の力を込めて、ラミィ君とともに魔王様を糸ごと窓に向って放り投げる。
「くっ……」
勝ったね。腕を縛られている以上、魔王様にはもはや打つ手がないはず。
私お気に入りの写真を手放すことになったのは痛手だが、それに見合う………いやそれ以上のリターンを得たのだからなんら問題はないねぇ!
「交尾!やっとケンちゃんと結ばれる時がき………」
<バキッッ!!!>
「ならぬ……絶対にならぬ!ケンちゃんと交尾するのは吾輩だ!結婚するのは吾輩だぁぁぁぁぁ!!!」
「な………」
本来なら窓の外へ落下するはずだった魔王様を窓――いや、まるで空間そのものに受け止められたかのように静止した。
ポロポロ……
魔王様の背中からじわじわと不気味なひび割れが空中に広がっていく。
裂け目の奥には、夜空のような漆黒の闇がうごめいていた。
「これは……一体どうなっているんだ?」
幻影魔法の類…… いや違う。
確かに魔王様はせこくてずる賢いが、戦いとなれば誠実そのもの。そんな卑怯な真似をするとは思えない。
「ならこれは実際の光景ということか……そんな馬鹿な!」
目の前の異常すぎる光景に言葉も思考も飲み込まれていく。戦いの最中だというのに、二人はただ立ち尽くすことしかできなかった。
「貴様ら……よくもやってくれたな!もう、油断も容赦もせぬぞ!」
バリッ!
私の蜘蛛糸を豪快に引き裂き、怒りをあらわにした魔王様が猛然とこちらに突撃してくる。
「二人仲良く脱落しろ!【世界断裂】」
「ラミィ君まずい!あれは時を…………!」
パリン!パリン!
ラミィ君の方を振り返ったがもう遅い。
いつの間に私たちは仲良く外へ放り出されていた。
「く……ならば蜘蛛の糸で!」
プシュ!
最後の望みをかけて、蜘蛛の糸を部屋に向かって放つ。しかし、不気味に口を開けたままの謎の隙間は、まるで待っていたかのようにその糸をじわりと飲み込み始めた。
これはもう完全に詰んでしまったねぇ。
「はは……ラミィ君すまない。どうやら私たちはここまでのようだ。すべての敗因は私の情報不足のせいだよ」
「お気になさらず。計画自体は順調でしたし、あの魔王様に一矢報いただけでも十分です。それに、悪いのは意味不明なタイミングで脱落したルナ様ですから」
「それもそうだねぇ……この溜まった鬱憤は、ルナ君を思う存分に煽って解消させてもらうとするか」
ドスン!ドスン!
城の外で、地鳴りのような重苦しい音が二度響いた。
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ルナ&ラミィ……魔王と激闘の末、無念のリタイア
日没まで残り12分 残り人数:32/1050
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「日が落ちてきましたね……」
熾烈なケンちゃん争奪戦から三時間――魔王様を除いた敗者4名は勝者を見届けるため静まり返った城へと向かう。
「うぅ、ケンちゃんと交尾したかった……です」
『誰が勝ったんじゃろうな?』
「勝者はおそらく魔王様だろうねぇ。ここに姿がないということは、生き残っているか城内で倒れているかだが……あれに正面から挑んで勝てる相手は存在しないよ」
『ほう……魔王様はそんなに強かったのか?』
「はい。肉弾戦の強さもさることながら、見たことのない魔法がとにかく強力でした。正直、勝てるビジョンが浮かびません」
『そこまでなのか……くっ、やはり最初に戦っておくべきだった!そうすればわしがケンちゃんと交尾できたのに!!ああああ、ケンちゃんとの交尾チャンスがぁああ!!』
「安心したまえ!魔物ごときに脱落させられたルナ君では、とてもじゃないが勝てる相手じゃないよ!きっと瞬殺だよ瞬殺」
『なんじゃとぉ!?』
「だって本当のことだろう?ちょっと事実を突かれただけでこんなに怒るなんて……ルナ君は怖いねぇ~ケンちゃん♡」
なでなで……
「アウラ……くすぐったい……です」
私の腕の中にいるケンちゃんは、言葉ではツンとしながらも、その表情は穏やかだ。
嬉しそうに口をにんまりとしながら、なでなでをすっかり受け入れている。
実に可愛らしいねぇ。
『ぐぬぬ……あと数分で"ケンちゃんなでなで係"は交代。次はわしの番になるんじゃからな!今に見ておれ!』
「ふふ……はたしてルナ君にケンちゃんを骨抜きにする“なでなで”ができるかな?君はやることなすこと加減ができないからねぇ」
『できるに決まっとるわ!この世で一番ケンちゃんの側におるのはわしじゃ!?ケンちゃんの好きな食べ物から、下着の色までなんでも知っとるわ!』
「それはそれでちょっと気持ち悪いねぇ……」
なでなで……カリカリ……
「ふにゃ♡……」
「ちなみにケンちゃんは顎の下をゆっくりカリカリしながら、頭全体をやさしく撫でるのがお気に入りだが……当然そんなことくらい知っているだろう?」
「う、うるさい!」
そういってルナ君は、実践しようとして私の元からケンちゃんを強引に奪う。
うーむ……優勝者がケンちゃんと交尾する前に、なんとか私が先に既成事実を作れないかねぇ。
こんなにも私になついているのだから、きっとケンちゃんも私と交尾したいはずだろうに。
『あ、顎の下をカリカリするんじゃよな………よ~しケンちゃん!長い時間”待て”が出来て偉いね~』
カリ……カリ……
「ん♡……」
「おお〜、ケンちゃんが気持ちよさそうじゃ!よし、もっともっと気持ちよくさせてやるからのう!」
カリ……カリ……ガリッ!!!
「ふにゃ!!!」
案の定調子に乗ったルナ君が力加減を誤り、ケンちゃんの顎を爪で強く引っかいてしまった。
「す、すまないケンちゃん!」
ぷく~!
そんなルナ君に向って、ケンちゃんは頬を膨らませて抗議の気持ちを伝えている。
以前はただ従うばかりだったケンちゃんが、こうして不満を露わにできるようになったのは良い傾向だ。「こうすれば、やめてくれる」「ちゃんと気づいてくれる」——そう私たちを信頼している証なのだろう。
他のオスだったら、泣き叫んだり大声を上げて暴れたりするからねぇ。
『く……アウラが余計な指示を出したせいで、大切な顎を傷つけてしまったのじゃ』
「力加減を間違えたのはルナ君だろう?私に責任を押しつけるのはやめてくれないかい?」
そう言い放つと同時に、乱暴なルナ君の手元からケンちゃんを素早く救い出す。
「さあ、ケンちゃん。ガサツで暴力的なルナ君なんかより私の胸の中に戻っておいで〜」
「ちょっと次は私の番…………です。ルナさんの番を飛ばすのは賛成ですが順番は守ってください」
『おい!!!わしをのけ者にするでないわ!解雇するぞ!』
「聞いたかいフィーリア君?君はもう森へ帰っていいらしいよ。私とケンちゃんの子共が生まれたら、ちゃんと手紙を送るから安心したまえ」
「な、嫌……です。こうなったら……【テレパシー】」
「え、それ………ホントウ?」
フィーリアからテレパシーを受け取ったケンちゃんは、目を丸くして驚いた表情を浮かべる。
「本当です。この二人は、ケンちゃんのことを“食べたい”としか考えてないド変態………です。脳みそが子作りに最適化されてて、頭の中では“妊娠”と“出産”をぐるぐる繰り返してるそんなヤバい人たちなんです!だから、この場で一番まともな私が包み込んで守ってあげます!さぁケンちゃん!はやく私に抱きついてくださいっ!!」
『「おい!!!」』
「皆さんどうかお静かに!もうすぐ城につきますよ!」
三人の言い争いがヒートアップしてきたところで、ラミィ君が声を張って一喝。
次の瞬間には、長い尻尾でケンちゃんを抱き寄せ、まるで大事な宝物を守るかのように巻き付いた。
少しばかり抜け駆け感はあるが、まぁラミィ君ならいいだろう。
「では…………扉をあけます。ケンちゃんは念のため私から離れないでください」
「ワカッタ」
ギィィィ……
重々しい城の扉が、ゆっくりと音を立てて開いていく。
「ふっ…………どうやら最後に残ったのは吾輩だったようだな?」
やはりというべきか、エントランスの中央には魔王様が鎮座していた。




