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第75話  ペットのお世話は超大変!

『ふぅ……やっと着いたのう』


 ほんのり返り血を浴びた衣服の袖を払いつつ、まるちゃんたちがいるであろう寝室の扉の前に到着する。


 道中、ちょっかいをかけてきた連中を窓から投げ飛ばしていたら、思いのほか時間を取られてしまった。

 おまけに、無我夢中で走ったせいでラミィともはぐれてしまったが……まぁ良いだろう。あいつもあいつでちゃんと強いからな。


『さぁ!久しぶりのモフモフ天国!さっさとまるちゃんのお腹に顔を埋めるぞ……って、なんじゃこれ?』


 扉を開けようとしたとき、床一面に広がる赤いシミが目に入る。


 当然ながら、こんな汚れは以前なかった……いったい何がどうなっているのじゃ。


 ガチャ!


 胸の奥に小さな不安を抱えたまま、赤いシミの残る扉をゆっくり押し開けた。


 『まるちゃ~ん!ただいまなのじゃ~!』


 シーン……


『ハムリ〜ン! ティアラ〜! ワッフルモフモフ〜!』


 シーン……


『おかしいのう。いつもなら誰かしら駆け寄ってきて、モフモフ天国に入国できるのじゃが……』


 長期の外出から戻ったというのに、誰も駆け寄ってこず甘えてもこない。その不自然な静けさが、帰還の喜びより先に胸へじわりと寂しさを染み込ませ、思わず悲しくなる。


『って……それにしてもなんじゃこの部屋の惨状は!』


 部屋の中はまるで強盗に入られたかのように荒れており、床や壁にはさっき見た赤いシミが点在している。


「まったく……特別給までやったというのに、飼育係は何を――」


――バシュッ!!


「っ、あぶなっ!」


 不満を漏らしたその瞬間、視界の端から何かが飛んでくる。


 なんとか間一髪で避けたが、飛んできた“何か”はすぐ後ろの壁に突き刺さっていた。


『いたた…………なんじゃこれ。尖った羽?』


「クルルルル……ピピピピ!!!」


『おお、 お主はワッフルモフモフじゃないか!2週間ぶりじゃのう……ちょっと太ったか?』


 甲高い鳴き声とともに、部屋の奥の影から鳥の魔獣であるワッフルモフモフ飛んできた。


 虹色の羽が相変わらず綺麗じゃのう。


『元気にしておったか?本当は今すぐご飯を食べさせてやりたいのだがもう少し待ってくれ。皆の無事が確認できたら、すくにとびきりの肉を用意してやるからのう!』


「………………」


 スッ!


『………ワッフルモフモフ?そんなに翼を広げてどうしたんじゃ。いつもみたいに甘えてきてよいのじゃぞ?』


「ピーーーーー!!!!!」


 バシュッ!!バシュッ!!バシュッ!!


『ワッフルモフモフ!?やめろ!やめるのじゃ!!!』


 わしのことがわからぬのか、尖った羽を容赦なく飛ばしてくる。


 この羽にあたっても死ぬことはないが、確か血液に入れば激しいしびれを引き起こして小一時間動けなくなる麻痺毒があるはず。


 普段ならその痺れさえも愛おしいが、今は生き残りを懸けたデスマッチの最中。


 絶対に当たるわけにはいかん……と言っても、大事なペットを殴って鎮静化する訳にもいかない。どうしたものか。


「ルナ様こっちです!」


『うげっ!』


 攻撃を回避しながら出直すべきか思案していると、物陰の隙間かから出てきた手に腕を引っ張られた。


『いたたた……おお!お主はルーシーではないか。2週間もペットの世話ご苦労じゃったのう。ペットたちは寂しくて泣いておらんかったか?』


「賛辞の言葉は後でいいのでケンちゃん!ケンちゃんはどこですか!?」


『ケンちゃんか?ケンちゃんはいま外にいるが……』


「ケンちゃんがいない……もうダメ。終わった!」


 今回、ペットたちの飼育係に任命していたルーシーが頭を抱えてうなだれる。


 先ほどの野営地で姿が見えないから、ペットが放置されているのではと心配していたが、とりあえず裏切ってはいないようで一安心じゃ。


『まったく……久しぶりにケンちゃんの匂いを嗅ぎたい気持ちはわかるが、そんなに絶望的な顔をしなくて良いじゃろ』


「違います!いや、ケンちゃんの頭皮の匂いでキメたいのは本当ですが、今はそんなこと言ってる場合じゃないんです!緊急事態なんです!」


『む、緊急事態じゃと?……って、待てお主。そのみすぼらしい格好はどうしたんじゃ?』


 よく見ると、ルーシーの服は何者かに引き裂かれようにボロボロな状態だった。


 ケンちゃんが現れる以前ならともかく、ケンちゃんが城に住み始めてからは、誰もが式典に参加するかのような綺麗な身なりになるよう心がけていたはずじゃ。


 それなのにどうして……


「そ、それが……ルナ様がケンちゃんを連れて行ったじゃないですかぁ」


『うむ、予防注射と嘘をついて連れて行ったな!』


「それに怒ったペットたちが“ケンちゃんを返せ!”と一斉に牙を剥き、反乱を起こしたんです。今では部屋に入る者を無差別に攻撃する危険な状態になっています。私は配膳奴隷としてなんとか許されていますが、正直生きた心地がしません!」


『なっ、私の可愛いペットたちが反乱を起こすなんてあるわけなかろう!なにかの勘違いじゃ!』


 お肉をお預けして甘噛みしてきたり、シャワータイムにちょっと暴れて石畳を粉々にすることはあるが……あの子たちが本気で、ましてや悪意をもって攻撃するなんぞ考えられん!


「ぐすん……確かに最初は怒っていましたが、お肉をあげればここまで暴れることはありませんでした。でも、城を占拠されてから悪化してしまったんです!」


『やはり影響があったか。じゃが、お主がここにおるということは、占拠後も食事を与えていたのじゃろう?なら、ここまでの悪化はしないと思うのじゃが……まさか侵入者にお肉を食われたか!?』


「いえ、食事については……まぁ……その……確かに食べられましたが、概ね大丈夫でした」


『…………なんだか言いにくそうじゃな』


「う……あまり思い出したくないので、“回復魔法って便利ですね”とだけ言っておきます」


 回復魔法……?


 それと食料がどう結びつくんじゃ?まるで見当もつかん。


『まぁよい。深くは聞かぬ……それよりも、食料以外に悪化した原因とは何なんじゃ?』


「はい。ペットたちがここまで怒っているのは、侵入者がこの部屋をめちゃくちゃに荒らしたからです」


『え……奴らはここを荒らしたのか?ここにはベッドと自然しかない。金目のものなど一切置いておらんぞ?』


「ルナ様目線だとそうかもしれませんが、ここはケンちゃんがいつも寝起きしている神聖な寝室。それだけで興味を持った魔族が、大勢押し寄せてきたんです」


 そう言われて改めて室内を見渡すと、荒れているといっても暴れた痕跡とは違っていた。


 家具は倒れていないのに引き出しは片端から開けられ、布団や衣類だけが丁寧になくなっている。まるで誰かが“何かを探し回った”ような荒らされ方だった。


 なるほどのう……だからワッフルモフモフはあんなにも殺気立っていたのじゃな。


「しかも酷いことに、“ケンちゃん成分”が得られる物が落ちてるかもしれないと、鳥の巣をあさったり、捕まえたペットの毛を無理やり毟り取ろうとしたりして……本当に最悪でした」


『この部屋の子たちは、生まれた時からここで暮らしている子も少なくない。見ず知らずの者にテリトリーである住処を荒らされたのじゃ。どれほどの不安とストレスを感じたことか……許せん!』


 怒りが沸々とこみ上げ、再び廊下にいた魔族たちをぶん殴ってやろうと拳を握りしめたそのとき――


「にゃ~!!!」


「わふぅ!!!」


『おお、キングとティアラではないか!お主たちは正気のようだな』


 スりスリ…………


 瓦礫の間から胸に飛び込んできたのは二匹のペットであるキングとティアラ。

 2週間分のもふもふを摂取するべく、その2匹を優しく撫でる。


 むふふ……ケンちゃんのふんわりとしたお餅のような肌も素敵だが、獣らしい柔らかな毛並みも最高じゃな。


「にゃ~(ルナ様~!ケンちゃんがいなくなればまた優しくしてもらえるかと思いましたが……待っていたのは地獄でした~!どうか助けてくださいませ~)」


『わふっ!(きっとケンちゃんが催眠術かなんか使ったんです!そういうのが得意なゴンもいませんし、裏で企んでるんです!あんなツルツルの子供は見限ってください!)』


 わしに会えなくて寂しかったのか、二匹はいつもより甘えた様子を見せてくる。


『よしよし、そんな悲しそうな声を出しおって……すまなかったのう。だがもう大丈夫じゃ!リーダーたるこのわしがガツンと1発かまして、皆を正気に戻してみせるからのう!』


 ガバッ!


「あ、ルナ様危険です!隠れなくては!」


『皆の者!わしの声をよく聞くのじゃ!』


 制止するルーシーをよそに、私は部屋の中央へと進み大声を上げる。


 きっと皆不安で不安でたまらないはずじゃ。ならば標的になろうとも、まずはわしの姿を見せて安心させてやらねば!


「がうぅぅ……」


『おお、まるちゃんか!久しぶりじゃのう。今思えば、2週間も顔を見せんかったのはこれが初めてじゃな』


「がうっ!!!」


 威風堂々と現れたまるちゃんは、わしの姿を見るや否や、怒りをぶつけるようにそのまま飛びかかってきた。


『グ……相変わらず重たいのう』


 けれど、わしは一歩も退かずその突進を真正面から、大きく腕を広げて受け止める。


 ガブガブガブガブ!


「お、おちつくのじゃまるちゃん!わしは他の連中と違って、おぬしらに危害を加えるつもりはない!」


なでなで……


「……ほら、安心していいのじゃぞ。な?」


「キュピ……?キュピ!!!キュピキュピ!!!」


 飼い主であるわしの聞き慣れた声に反応したのか、隠れていたペットたちも次々と集まってくる。


「まるちゃん!大好きじゃ!だから皆も落ち着くじゃ!」


 昔からそうしてきたように、そっと柔らかい声で語りかけた。


 この子たちは幼い頃から共に暮らし、わしが物心つく前から育ててきた者さえいる。長い年月をともに過ごしてきた絆は、もはや血のつながり以上に深い。家族と呼んで差し支えない大事な子たちなのじゃ!


『さぁ!一緒にケンちゃんを迎えに行くぞ!』


 そう力強く宣言しながら、皆を導くように手を差し伸べる。ここは、皆でケンちゃんを撫でて幸せな日常に戻ろうじゃないか!


「がう!(吾輩が交尾している間にケンちゃんを誘拐するとは断じて許せぬ!こいつは裏切り者だ!皆殺せ!)」


『キュピ!』「ガウッ!」『ピーー!!』「アヤァ!」「チューヤ!!」


『ぎゃああああああ!!!みんな落ちつくのじゃっ!クビ!?クビはダメ!ダメなのじゃ!命に関わるのじゃぁぁぁ~!!!!』



===================



 ルナ……獰猛化したペットに襲われてリタイア


 日没まで残り1時間46分 残り人数:582/1050



===================



【異世界の魔物について】


 異世界には小さくてかわいらしい魔物が数多く存在します。そのため「ペットとして飼いたい」という相談をよく受けますが、絶対にやめてください。


 彼女らはその愛くるしい見た目に反して、人間を瞬時に倒すほどの力を秘めています。例え小動物の姿をしていてもライオンに接するのと同じ警戒が必要です。もしあなたが男性の場合、魔物とスキンシップをとることで死を免れる可能性はあります。が、その場合のほとんどは巣へ連れ帰られ、大家族の一員として迎え入れられてしまいますのでそもそも指定区画から離れないようにしてください。



 また、「高速で走るハムスター」や「虹色の羽を持つ鳥」を見かけたという報告が国から寄せられていますが、いずれも私たちの組織とは関係ありません。ご理解のほどお願いいたします。


2041年版 『異世界の歩き方』より抜粋

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