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第70話 誰が何と言おうと、ケンちゃんは私のことが好きなのだ!!

「二週間ぶりの……生ケンちゃん……ッ!見ただけでお腹いっぱい!」


「ケンちゃ~んっ!ねぇ!一瞬だけでいいのっ!その小さくて柔らかそうな人間族の耳っ!一口だけ!一口でいいから私の口に収めさせてえぇぇぇぇ♡プニプニを咀嚼したいのぉぉぉ!!」


 長い旅路を終え、ようやくエルフの里から戻った私たちの前に現れたのはアウラだった。

 「久しぶりに自室のベッドで眠れる!」という期待は、彼女の「城が占拠された」という一言であっけなく砕かれる。


「アツい……クルシイ……」


『ええい!お前ら少し離れんか!ケンちゃんが困っておるだろうが!』


 今はより詳しく話を聞くため、近くの野営地へと移動したところ……なのだが。

 ケンちゃんを馬車から降ろした瞬間、まるで蜜に群がる虫のように使用人たちが押し寄せてきた。


「ケンちゃああああんッ!わたしスプーンを……あのケンちゃん成分増し増しのスプーンを投げ捨ててお城の平和を救ったのぉぉ!!だからっ……だからキスしてくださいいいぃぃ!嫌だったら交尾でもいいですよぉぉぉ!!」


 ケンちゃんロスの禁断症状でも出ているのか、全員目がバキバキに見開かれていて、同じ種族のメスであるわしですら恐怖を感じる。


「(なんか今日は、みんなの顔が気色悪いなぁ……)」


 だか、こんな恐ろしい状況でもケンちゃんは泣かず、ふにゃふにゃと話しているのみ。改めてケンちゃんの精神力は凄まじいのう。


『あ、おいこらそこ!ケンちゃんの指を勝手にしゃぶるんじゃないわッ!見てみろ、唾液まみれの指を見てドン引きしておるじゃろう!』


「だってぇ……美味しそうなんですもん……」


『だったら、せめてもうちょっと優しく舐めてやらんか!ほれ、今から見本を見せてやるから、心して学ぶのじゃぞ!』


 そう言ってケンちゃんの指に口を付ける。


 これは決して、唾液をつけるというマーキング行為を羨ましく思ったわけではない。あくまでこれは、“教育”の一環じゃ。


 ペロペロペロペロペロペロ!!!


『おほ〜♡』


 ケンちゃんに関わる者たちへ正しい接し方を教えるという大義名分を掲げ、わしはその小さな人差し指に舌を這わせた。


『おいち〜♡ちょっとしょっぱくて、じゃが奥の方にほのかな甘みが広がっている……これがケンちゃんの味っ♡ たまらんのじゃ♡』


 ペロペロペロペロペロペロ!!!


「(あぁ、ルナさんの顔も気色悪い……)」


 わしは一心不乱にケンちゃんの指に舐めまくった。


「はぁ……まったく獣人族は仕方ないねぇ。ここはケンちゃんのお嫁さん候補であり専属のお医者さんである私が、近くで面倒をみてあげるようではないか!」


 ギュッ!


 そう言い放つと、アウラはその見上げるほどの体格を活かし、群がる使用人たちの中からケンちゃんを抱き上げた。

 その堂々たる姿は、まるで自分の所有物を取り返すかのようじゃった。


「ふふ、こうして抱きしめるのも久しぶりだねぇ。この温もりにすべすべふわふわのお肌……実に懐かしいよ」


 アウラはケンちゃんを宝物のように大切に抱きしめながら、頬をすりすりと擦りつける。


 腕に力がこもっている様子から、かなり強く抱きしめているようにも見えるが――ケンちゃんの表情は不思議と嫌がっている様子はなく、どこか受け入れたような柔らかさを湛えていた。


 なでなで……


「ケンちゃんはこれが好きだったろ?」


 なでなで……


 ぐぬぬぬぬ……頭まで撫でるとは何たる贅沢!


 なぜじゃ!


 わしが撫でてやるとすぐに抜け出そうとするのに、どうしてラミィとアウラには心を許しておるんじゃ!


 なでなでスキルに関しては、わしのほうが10倍速く、10倍強く撫でてやれるというのに!もっと力を込めた方がいいのか!


「さぁケンちゃん♡久々にあの愛のささやきを聞かせてくれないかい?」


「アウラ……さん」


「おやおや? そんなにモジモジとしてどうしたのかな♡」


 言葉を詰まらせるケンちゃんの顔を、アウラがそっと覗き込んだ。


「わかった……さては言葉をちゃんと覚えたことで、今度は本気のプロポーズをしようと考えているんじゃないのかい?いいんだよ?今ここで、“大好き”って言ってくれても♡」


「もうイワナイ……です」


「………………え?」


 普段はどんな時でも余裕を崩さないアウラが、目をパチクリと瞬かせて言葉を失っている。

 唇もかすかに震えて動揺を隠しきれていない様子じゃ。


「”大好き”…イワナイ…今までのはマチガイ……わすれろ……です」


「ケ、ケンちゃん!じょ、冗談はよくないねぇ!毎日毎日ハグをしては”大好き”と言っていたのだからその発言が嘘だってことはお見通しだよ?だからそんな噓をつくのはやめたまえ!」


『ぷぷっ、振られてしまったの~。実は今まで怖がられてただけでケンちゃんには好かれていなかったんじゃないか。やはり怖~いアウラなんかに愛の言葉を言うわけがないのじゃ!』


「ガサツで乱暴なルナ君は黙っておくれ!!!少なくとも君よりは好かれているさ!」


『なんじゃと!』


「それにケンちゃんには何度も私の毒を注入してきたんだ。毒の依存症になっているケンちゃんが今さら私を嫌いになるなんて絶対にありえないのだよ!!!」


 お主、専門医のくせにそんなことをやってたのか……


「だから”大好き”というんだ!私が無理やり君を犯す前に!」


「あ、あの………」


「なんだね!私は今アイデンティティも心の支えも何もかもが崩れかけているんだ!部外者の一般エルフは黙ってくれ!」


「えっと……その“大好き”って言葉なんですけど、私が言わないように教えておきました」


「………………」


 フィーリアの一言に、アウラは目を見開いたまま動きを止めた。


「ケンちゃんって危機管理能力がゼロなので、うっかりプロポーズして女性が暴走すると困りますから」


「はーっははは……そうかそうか君がケンちゃんに教えたのか……」


「はい!あ、でも感謝はいらない……です。ケンちゃんの教育係として当然のことをしただけですから!(ドヤ顔)」


「ふぅ…………………コロス!」


 ガシッ!


「ひ、ひぃぃぃっ!な、なんでですか!私悪いことしてませんよ!た、助けてケンちゃああああん!!!」


 ケンちゃんを背に乗せたアウラは、まるで獲物に飛びかかるような勢いでフィーリアの胸ぐらをつかみ、鋭い蜘蛛足をピタリと喉元にあてる。


「ケンちゃんを誑かした罰さ!足で貫かれるのがいいかい?それとも、じっくり嬲り殺しがいいかい!!!」


「う、うぅ……どれもいや……です。何が悪いのか全然わかりませんが、心から謝りますのでどうか許してくださいぃぃ…!」


 声を震わせ、涙をこぼしながら必死に懇願するその姿は、見ていられないほど切実だった。


「君はたしかテレパシーを使えるんだったよねぇ?ならケンちゃんに問いかけたまえ!“私と結婚したいか”“交尾したいか”“子作りしたいか”のどれがいいかってねぇ!」


 ドサッ…………


「もちろん、どれでもないなんて寝言をぬかしたら──わかるよねぇ?」


「ひっ…………わ、わかりました。けど、ケンちゃんは私のことを好きだから意味ないと思い……ます。この前だって私の似顔絵まで描いてくれましたし」


「……は?君もケンちゃんに似顔絵を描いてもらったのかい!?」


「あ、はい……6枚くらい書いてもらいました。なんならお互いに顔を見つめ合って、ただ静かに絵を描いて……あの時間はまるで天国にいるみたいでした。息が詰まるほど、幸せで♡胸の奥が熱くなるような♡……経験ないですか?」


「よし、今日が君の命日だ。死体は責任もって燃やすから安心してくれたまえ」


「ま、まってください!首をはやめてください!息が!息が苦しい……です」


 パチン!


「皆様、一度落ち着いてください。仲間同士で争うより、今はやるべきことがあるのではないでしょうか?」


 死人が出そうな勢いで言い争う二人の前に、ラーミアが手を打ち鳴らして皆の注目を集める。


 そうじゃった……我々は“大事件”の渦中におるのじゃった。


「アウラさん。先ほどおっしゃっていた“城が占拠された”という件について、詳しい事情をお聞かせ願えますか?」


「はぁ……ラミィ君に言われたのなら仕方ないねぇ。ここはひとまず矛を収めようじゃないか」


 ラミィの視線に根負けしたのか、アウラはフィーリアをそっと地面に降ろした。


「た、助かった……です」


「ただし――この件については、あとでしっかりと落とし前をつけてもらうつもりさ。逃げるなんて考えないでくれたまえよ?」


「ひっ……」


 アウラの射抜くような視線がフィーリアに突き刺さり、彼女は肩を震わせる。

 お世話係に就任早々、フィーリアも不憫じゃのう……。


「こほん……それでは諸君。今から1週間前に起こった事件。”ケンちゃん過激派!集団立てこもり事件”の概要を説明しようじゃないか!」


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