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第7話 天国からの地獄



「どうしてこうなった……」


 僕の両脇には薄着姿の女性が並び、鼻歌を歌いながら浴槽で準備をしていた。てっきり一人でお風呂に入ると思っていたが、そういう訳にはいかないらしい。


『(この子の体が冷える前に魔力をシャワーに充填させて……うーん、まだ冷たいのう)』


 それにしても目のやり場に困る……


 薄着になったことで、黒髪の女性の健康的で引き締まったお腹が視界に映る。


 スレンダーな体型は健康的でありながら、出るところは出た美しさとカッコよさを兼ね備えた体型をしている。その凛とした印象がある一方で、ピクピクと動く耳や尻尾が不思議と愛らしさを添えていた。


「(う、メガネが曇ってきました。これは外した方がよさそうですね)」


 その隣にいる白髪の女性は、大きな体が動くたびに豊満な胸が波のように揺れ、否応なく目を引きつける。なるべくしたを向いて尻尾を見るようにしているが、それはそれで濡れた鱗がなんかエッチだ……


 ああ!目のやり場に困る!!!


『(よし、しっかりあったまったな。それじゃ、お湯をかけるけど暴れちゃだめでちゅよ~。ちゃんとおとなしくしてようね~)』


 ジャー!


  唯一の救いは、この浴槽が大浴場で、広々とした空間が確保されていることだろう。そのおかげで肌と肌が触れ合うほどの距離にはならずに済んでいる……少なくとも、今は。


『(まずシャワーで全体を軽く流し終わったから、今度はボディーソープを両手に付けて満遍なく身体に塗っておくぞ…………じゅるり…っていかんいかん。この子はペットこの子はペット)』


 ペタペタ……ツンツン……


「んっ……くすぐったいのでやめてください!普通に自分で洗いますから!」


 精神衛生上よろしくないので、必死に離れるよう訴える。だが、言語が違う彼女たちに僕の思いは伝わらない。


 ならば無理やり……


「(こら!逃げるでない♡まったく、仕方のないのう……)」


 ガシッ!


「ぐへぇっ……!」


 黒髪の女性から逃れようとするけれども、思いっきり首根っこを押さえつけられる。


「(あの……苦しそうですが、そんなことをして大丈夫なのですか?)」


『(ああ。可哀想かもしれんが、暴れる時にはこうして首を"ガッ!"と掴んでおくのじゃ。魔物は水が苦手だからのう。逃げて転んだりもするし、濡れたまま脱走すると風邪をひいたりするからな。ここは心を鬼にするのじゃ!)』


 何とか起き上がろうともがくが、まるで首に全体重をかけられているかのような圧迫感がありまともに動かせない。


 薄々気付いていたが、この人たちの力は尋常ではなく、こちらの常識をはるかに超えている。


『(あ〜♡弱い力で抵抗してからに……もう逃げられないのう♡体を拭き拭きしましょうね〜♡)』


「(なるほど、まずは拘束して大人しくさせるわけですね……ふふ、それなら私にお任せください)」


 しゅるしゅるしゅる……


 今度は白髪女性の長い尻尾が、獲物を絡め取るようにうねりながら僕の身体を締め付けた。



『(おお~ナイスじゃ!もっと泡立てるからそのままに空中に固定しておくのじゃぞ!)』


 ギチギチ………


「(はぁ……はぁ……私の体の中心にオスがいる……メガネがなくてはっきりとは見えないから大丈夫と思っていましたが……オスの体温を全身で感じます♡ああ……我慢できません!ちょっと痛いかもしれないけど、このまま強く締め付けて絶対に逃がさないようにしてから、たっぷりと……)」


 ギチギチギチギチ……………


「いてててててて!ギブギブ!」


「(ごめんなさい。後で回復魔法を使うので今から全身を………冷た!ルナ様!何で水を掛けてきたんですか!)」


『(まったく……お主、今ちょっと危ない顔をしておったぞ。これで少しは落ち着いたか?)』


「(はい、ありがとうございます……!あと少しで妄想が現実になるところでしたので!!!)」


 シャー!シャー!


『(そう怒るでない。この子だって怯えておるじゃろう?そのまま嫌われてもいいのか?)』


 ピタ....


「(それはいや……ですね。反省します)」


『(ふむ、結構じゃ。それにしても、このままじゃとお互いに身が持ちそうにないのう。本当はもう少し丁寧にやりたかったが仕方がない。急いで終わらせよう)』


「(かしこまりました……ぐすん)」


『(そう涙を流してまで自分を責めることはない。わしもこの子をぐちゃぐちゃにしたい気持ちはよくわかる。後でわし秘蔵の本を渡してやるから元気を出すのじゃ!)』


 ポンポン!


「(うぅ……オスと朝まで交尾したかった……あとルナ様の本はマニアックなのでいらないです)」


「(あぁ、そっちのことか……てか別にわしの本はマニアックではないわ!)」


「(【魅惑の白首!オスの首100選!】は充分マニアックだと思います)」


「(うるさい!あれは獣人族の間だとプレミアがついているのだぞ!まったく……じゃあわしは頭を洗うからラミィは足回りを頼むぞ)」


 わしゃわしゃわしゃわしゃわしゃ……


「あ、ちょっと爪が痛いけど気持ちいい……!」


 頭皮をぐいっと引っ張られる感覚はあるが、身体を洗われる心地よさに思わず声が漏れる。


『(ふにゃふにゃ言ってて気持ちよさそうじゃ。それにしても本当にきれいな体じゃのう。羽や尻尾どころか傷一つない………あ、でも首周りには変な痣があるのう)』


「(やっぱり人間族のオスともなると、魔物の群れの中で丁重に扱われるんでしょうか?)」


『(さぁな……少なくとも狩りの前線なんかには出ないじゃろな。スライムに負けるくらい弱いかったからのう)』


「(戦えないがゆえに、群れが襲われれば最後の一匹として生き残る……そして私たちと出会った時のように孤立してしまう。悲しい生き物ですね)」


「(そうじゃな……ならば元々いた親の代わりに、私たちが安心して過ごせるようしっかりとケアしてあげようではないか)」


「(ええ、できることは何でもする所存です。あ、そうそう。時短したいならいい方法を思いつきました。いつも私が体を洗っている時みたいに、しっぽ全体に泡を巻き付けて………)」


 胴体を巻き付けていた尻尾が一旦離れたと思ったら、今度が大量の泡を帯びて尻尾が僕の下半身を覆い隠してグルグルと回り続ける。


「あーなんだろう……ちょっと気持ちいいかも?」


「(これならこの子を拘束しながら下半身を一気に洗えます)」


「(ほう……器用なことをするのう。でもちゃんと隅々まで洗うんじゃぞ?)」


「(かしこまりました……)」


 にゅる……にゅる……


「あはははは!くすぐったいのでやめてください!」


 ぬるぬると身体を包み込む尻尾の感触が妙にくすぐったい。手で触れられるのとはまた違った未知の感覚に、どう刺激を逃がせばいいのかわからず混乱する。


「ん♡」


「(おや……なにかの出っ張りにあたりましたね)」


 不運にも尻尾が敏感な箇所に触れ、体がびくっと反応する。これは、ちょっと耐えきれないかもしれない。


『(よし!まぁこんなもんで大丈夫じゃろ。シャワーをかけるが、頑張って我慢するんじゃぞ?)』


 ジャー……


『(我慢できてえらいねぇ~)』


 わしゃわしゃ……


『(おほ♡水に濡れてぺたんとした髪も可愛いのう。ふふ、この色白の首に嚙みついて、番の証を刻みこみたい♡ちょっと味見するくらいなら……)』


「【アイスエッジ】」


 ズキッ!


「いっ……」


 白髪の女性が空中に魔法陣を描くや否や、胸に鋭い痛みが走った。


『(冷た!なんでいきなり氷魔法を打ってきたんじゃ!)』


「(だってルナ様完全に襲う目をしてましたよ、気をつけてください)」


『(だとしても、いきなり氷魔法をぶつけるのはやりすぎじゃ!穏便に注意するだけで、わしは正気に戻れるわ!)』


「(なにが穏便ですか!そもそも先に水をぶっかけてきたのはルナ様でしょう!こっちは変温動物なんです。冷たいのがどれだけ苦手か少しは考えてください!)」


「けほっ、けほっ……た、助けて……水……」


 マズい……胸の奥から、いつもの痛みがじわじわとせり上がってくる。


 ズキズキッ!


 さっきまで全然平気だったのに、突然病が悪化した。


『(ぐぬぬぬ……やっぱり無理じゃ!ここで襲う!たとえ最初のうちは嫌われても、いずれは好きなってくれるって交尾本で見たから問題ないはずじゃ!)』


「(ダメですってルナ様!この子から手離してください!どっちみち私が拘束しているんですからいくら引っ張って意味ないですって!この子が無駄に傷付くだけですから!)」


『(なら、そっちが尻尾を離せばいいではないか!第一!さっき言おうと思っていたが、そんなに肌を密着させはなんてずるいのじゃ!そんなのほとんど交尾ではないか!)』


「(あ!言いましたね!私が必死に考えないよう努力してたのに!もういいです!私が既に交尾してるって主張するならこのまま出産までやりますよ!ルナ様はそこで指を加えて見ていてください!)」


『(はっ!剣がないからといって調子に乗るでないわ!魔王軍幹部の実力を見せてやる!)』


 バキン!ゴキ!ズバーン!


 シャワーの水でもいいから口に入れたいが、さっきから二人が取っ組み合いの喧嘩をしていてとても助けを求められる状況ではない。


「う、頭がクラクラしてきた………けほ……けほ……」


 二人が争えば争うほど、それに共鳴するかのように胸がジクジクと苦しくなる。


【アイスエッジ】


「(がはぁ!)」


 心臓にナイフが突き刺さるような激痛とともに、僕の意識は闇の底へと沈んでいった……



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