閑話 竜族はもうおしまい
「やっと……やっと地獄の日々から解放されたです」
私の名前はダリス。魔王軍幹部のダークエルフです。
つい先日まで、ケンちゃんに“良からぬ言葉”を教えたという理由で、金鉱山にて穴を掘るという苛酷な労働を強いられておりました。
まったく……いくら魔王様といえど、数か月もの長い間監禁し、過酷な重労働を強いるなんて厳しすぎます。
ケンちゃんにちょっとアレな言葉を教えただけで、どうせ大事にはなってないですよ。もう肉体労働は懲り懲りです。
「いや〜重労働するのもいいが、やっぱり空は格別だな!」
「それにしてもよかったんですか?背中に乗せてくれるだけでなく、竜族の里にまで招待してくれるなんて」
私の腰を掴むのは【ケンちゃんをまる焼きにしてしまった罪】で同じ採掘場に収容されていた竜族のドラコさん。
彼女とは長い過酷な労働生活の中で自然と意気投合し、今は気分転換も兼ねて、竜族の里へ運んで行ってもらってるところだ。
「別に気にするなよ。あの金鉱山での労働を共にした戦友みたいなもんじゃねぇか。それに……実は少し、里に帰るのが怖くてな。竜族は色々と面倒なことがあってな」
「会議でも言ってましたが……オスがいなくなって凶暴化してるんでしたっけ?」
「ああ、また始末書ばかり書く毎日に戻るのかと思うと胃がキリキリする。無心で穴を掘り続けていたあの時間がどれだけ気が楽だったか……もう一度捕まりたい」
「そんなに大変なんです?ダークエルフは基本、裏方なので戦争の様子はあまり詳しくなくて……」
「ああ、ならちょうどいい。村に着くまで、俺の汗と涙の苦労話を聞かせてやるよ。きっと今の自分の立場がどれだけマシか、思い知ることになるだろうさ」
ドラコさんは顔を引きつらせながら、どこか遠い目をして語り出した。
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とある人間族との戦争にて……
「ドラコさん!ご報告です!人間族の軍は全滅しました。こちらの被害は負傷者6名のみ……完全な勝利です」
「報告ご苦労だ。まあ、当然の結果だな。俺たちが劣等種の人間族に負けるなんてありえるばすがねぇ」
ここは荒野に建てられた簡易な作戦拠点。
地図と報告書が散らばる卓を前に、私は部下の報告を静かに聞いていた。
「まだ攻め込む余力は十分にあります。このまま町まで進軍いたしますか?」
「そうだな。勢いそのままに制圧するのも手だが……ん?いや待て。確かこの街には人間族の開発した強力な兵器が配備されているから近づくなっ……て魔王様が言ってたな」
そもそも今回の戦いは、防衛ラインを上げてきた人間族を返り討ちにしろというものだ。
目的を果たせ以上、下手に攻め入って損害を生みたくはない。
なにより、勝手に進軍して魔王様の逆鱗に触れる可能性があると考えると絶対に嫌だ。あの人が本気で怒ると洒落にならんからな。
「よし、ある程度の見張りを残して全軍てった……」
「ドラコさん大変です!」
「そんなに慌ててどうした。祝杯をするにはまだ早いぞ?」
「竜族の全軍が、命令を無視して勝手に突撃を始めました!」
「…………は?」
<おら!さっさとオスを寄こせ!もう竜族のオスは絶滅なんだよッ!!!絶ッッッッ滅ゥゥ!!!オスを引っつかまえてマグマに突っ込んで交尾開始だコラァァァ!!!
<はぁぁぁああ!?“オスがいないから許してほしい”?……フン、甘えんな!!!この世にオスが存在する限り殺してでも奪い取る!!
<この街にあるすべての交尾本を回収しろ!!回収し終わった家から燃やしつくせ!!!
<見ろ!!すべてはお前ら劣等種がオスを素直に差し出さなかったせいだッ!!拒んだのは貴様らだ!この結末を選んだのも貴様らだ!!ゆえにこの惨劇の責任は……お前にあるッッッ!!私たちは悪くない!
<<<ギャハハハッ!オスをよこせぇぇええッ!!!
「バカバカバカ!やめろやめろやめろ!怒られるのは俺なんだよ!報告書だってもう机に山積みなんだぞ!?ふざけんな、撤退!全員今すぐ撤退しろォォ~~~!!」
幸運にも魔王様が警戒していた“秘密兵器”とやらの姿がなかったのは救いだったが、その日竜族の猛攻により街が一つ地図から消えた。
ちなみに、魔王様には後日こっぴどく叱られた。部屋の壁がビリビリと震えるほどの怒声を真正面から浴びせられたときは、思わず泣きそうだった。
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「はぁ……もともと竜族は気性が荒くて好戦的だ。そこに、オスが消えたことで完全に暴走してる。最近は、オスが残ってる他種族にまで絡みに行く始末だからな」
「はは…………大変そうです」
「大変なんてもんじゃねぇ!“人間族を滅ぼしてオスを救済する!”とか叫びながら、真っ先に突っ込んで大暴れ……マジで部族長になるんじゃなかった!!!」
今にも泣き出しそうな顔で愚痴をこぼすドラコさん。私も魔王軍の幹部として嫌々仕事をしていますが、それを見ているとまだマシな境遇なのかもしれない。
そもそも魔王様は、ダークエルフの魔法に関する知識を求めているだけで、戦には積極的に参加させません
なので、他の幹部たちが苦労して書いている戦争報告書も、私は一度も書いたことがないのです。ちょっと申し訳ないですね。
「はぁ……おっ、見えた。あそこが俺たちの里だ。辛気臭い話はやめて、一緒に300℃の温泉を楽しもうぜ~」
バサァ!
300℃の温泉という響きに少しの不安を胸に抱きながら、私たちは村の大広場へと着陸する。
「あ、ドラコさん、おかえりなさい!ずいぶん長いお勤めでしたね」
さすさす……
すると、近くの建物からポニーテールの竜族が現れ、私たちを出迎えた。
彼女は不自然に膨らんだお腹をゆっくりと撫でながら、どこか母性的な笑みをこちらに向けてくる。
「色々とトラブルがあってな。お前らはちゃんと大人しくしてたか?また勝手に人間族の村滅ぼしたりしてねぇだろうな?」
「ちょっ……やめてください!そんな教育に悪いことするわけないじゃないですか!まったくドラコさんは親としても自覚がありませんね。そんなじゃケンちゃんに怒られますよ?」
さすさす……さすさす……
この人は何を言ってるのでしょう。教育に悪いってことは……もしかして妊婦さんなのでしょうか?
でも竜族にオスはいないって話ですし、仮にケンちゃんと何かあったとしても、ここまでお腹が大きくなるにはいくらなんでも早すぎる。
ドラコさんと私は顔を見合わせる暇もなく、ただただ混乱しながら大きく膨らんだお腹に視線を固定させていた。
「あ、これですか?ふふ……気になりますよね♡これはケンちゃんとの愛の結晶なんです♡さあ、ゆうちゃん。ドラコさんにご挨拶しましょう?パパとママの知り合いですよ~」
さすさす……さすさす……
「あっ、ドラコさん!よければお腹を撫でてみてください。中の子もきっと喜びますよよ!」
「お、おう……」
ドラコさんは引き攣った笑みを浮かべながら、恐る恐るお腹へと手を伸ばす。
さすさす……さすさす……
「お医者さまのお話だと、出産予定日はあと1カ月なんですよ。中の子は男の子だそうで、パパに似てたら絶対かわいくなりますよね♡ふふっ、今から楽しみで仕方ないんです♡」
さすさす……さすさす……ズルッ!
コロコロコロコロ………
「「………………」」
撫でていたお腹から突如ボールがこぼれ落ち、私の足元にゆっくりと転がってきた。
「すみません、ゆうちゃんを返してください……返せよ」
「えっ……」
「いいから返せって言ってんだよ!!!」
「は、はいっ!!」
感情の消えた目で睨まれた私は、咄嗟に足元のボールを拾い上げて差し出す。
なにこの人怖すぎます。
「ありがとうございます……ていうか、そちらの方は初めて見ますけどお客さまですか?」
「あ、ああ。こいつはダークエルフのダリスだ。少しの間だけこの里でお世話になるからよろしく頼むよ」
「なるほど。でしたらちょうどいいタイミングですね。今、竜族の里は経済が活性化していて、暮らしを支える便利なアイテムがたくさん揃っているんですよ。たとえば……これなんていかがです?」
相手は自信ありげな笑みを浮かべながら、カラフル模様の細長い筒のような道具を私に手渡してきた。
「これは……?」
「ガラガラです!」
「ガラガラ…………ガラガラ?」
「ご存知ないですか?これをお腹の近くで鳴らすと………」
カラカラカラカラ……
「あ、聞こえましたか!いまお腹を蹴りましたよ!ポンポンって!もう~ケンちゃんパパに早く会いたいんでちゅねぇ~わたしもでちゅよ~」
怖い怖い怖い!
え、だってあれってただのボールですよね?竜族の卵とかそんなんじゃないですよね?
「帰ったらケンちゃんに晩ご飯を作ってあげて、一緒にマグマ風呂に入らないとね♡ ケンちゃんはちょっとしたことで死んじゃう劣等種だから、滑って怪我しないよう見張っておかないと……ふふ♡ケンちゃん♡ ケンちゃん♡ ケンちゃん♡ ケンちゃん♡ ケンちゃん♡」
「怖い!怖すぎます!第一村人からこんなにカロリー高いってどういうことです!?この先、確実に胃もたれしますよ!?」
泣きつくようにドラコさんに助けを求める。
「あなたの管理する村なんですから、どうにかしてくださいよ!」
「う〜ん。でも冷静に考えたら、勝手に戦争しないだけでも十分マシか!よ~し、気にせず温泉いくぞ~!!私は竜族専用の湯に行くから後で合流な~」
「……え、待ってくださいよ!こんな狂人がいる場所に置き去りって正気ですか!?ちょっと!!!ドラコさん!」
その後、妊婦(妄想)や子連れ(人形)の竜族が大勢いる村で3日間を過ごした。
お土産コーナーにあった子守りグッズには、”保温機能付きの毛布”や”大人用赤ちゃんセット”などが販売。思わず「使えるかも」と購入してしまった自分に少し腹が立った。




