ウラ第3話 孤独に戦い続ける者
「ですから、解剖はもう終わっているんです。どれだけお願いされても、お子様に会わせることはできません」
「そ、そんな……そんなのってあんまりよ……うぅ……どうして……っ」
「心中お察しします。未知の症状でしたので、死亡直後に変化がある可能性を考慮し、事前のご説明ができないまま解剖いたしました。これは今後、同じ症状の子どもを救うために必要な処置です。ご理解いただければと思います……」
「ふざけるなよ……!事情がどうあろうと、あの子は……私たちのたった一人の息子だったんだ!それなのに……最後に名前を呼んであげることも、手を握ってやることも許されないなんて!!!」
ガシッ!
怒りと悲しみに突き動かされた親が、堪えきれずに私の胸ぐら掴む。その目にはうっすらと涙がにじんでいた。
「医者だからって、何をしても許されると思うなよ!」
はあ……なぜこの私が、感情に任せて怒鳴る遺族に責められなければならない?
私はただ冷静に上に言われた通りの手順を踏んだだけ。これもすべては、あの看護士が何かしらのミスを隠蔽したせいだ。
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「はぁあああ!?い、 遺体が消えた!? そんなことあるわけがないだろう!私が直に心停止を確認したんだぞ!? 仮に奇跡的に息を吹き返したって、あの容態じゃ動けるはずがないんだ!」
例の患者が死亡し、私はその報告と解剖のために関係者各所に連絡を取っていた。
そんな中、看護師が慌てて駆け込んできて放った第一声は、まさに耳を疑うものだった。
「本当に部屋を確認したのか!?病室を取り違えたとか、そんな初歩的なミスじゃないだろうな!?」
「はい、何度も確認しました。でも、どこにも……本当に影も形もなくて……」
「なら担当の看護師はどうした!見張っているよう伝えておいたはずだぞ!」
「そ、それがその……どう言えばいいか……」
彼女は眉をひそめ、戸惑いを滲ませながら視線を床へと落として黙り込んだ。
「時間がないのだから早く言いたまえ!何があった!」
「は……はい。看護師の証言によれば、患者が突如として強く光を放ってそのまま……跡形もなく消えたと」
「……君はなにかね?私のことをバカにしているかい?この非常事態に私が慌てる様子は実に面白いだろうね」
「ち、違うんです!私だって信じてるわけじゃありません!でも……斎藤さんってすごく真面目な方で、どうにも嘘をついてるようには見えなくて……」
「はぁ……どうせ何かしらのミスをして、それを隠すために遺体を隠ぺいしたとかそんなオチだろう。最近の若いのは、何をしでかすか分かったもんじゃないからな」
まったく……このままでは全責任がすべて担当医である私に向けられてしまう!それだけは、なんとしても避けなければならない。
「斎藤をすぐに面談室に呼び出せ!それから、手の空いている者は病院内をくまなく探すんだ!あの病気は極めて貴重なサンプル。不手際で失ったなどと公になれば……この病院の信用は地に落ちる!」
「はいぃぃぃ!」
私の怒鳴り声に押され、看護師は怯えたように背を向けて足早に部屋を後にする。
「その間に私は少しでも時間を稼がねば……」
プルルルル……
頭を巡らせ、現状を打破する方法を模索していた矢先、胸元のポケットに忍ばせていた仕事用携帯がけたたましく鳴り響く。
「……ッ!」
最悪なことに、画面には最近院長に就任したばかりの外国人の名前が大きく表示されている。
「はい、こちらは塚原です。申し訳ありませんが、現在多忙のため後ほどご対応いたしま…………え?な、なんで患者の遺体が消えた件をご存知なんですか!」
院長の発言は、まるでこちらの状況をどこかで見ているかのような口ぶりだった。
確かに、先ほどメールで患者の死亡を報告はした。だが、それ以上の詳細は一切伝えていないはず。一体どこから情報が外に漏れたのか……いや、仮に漏れたとしても、あまりに伝わるのが早すぎる。
「は……?『こちらで対処するから気にするな』……って。そんなの無理に決まってるでしょ!ただでさえあなたの指示で患者の容態は悪化し、まともなデータすら取れなかったんですから!」
理由は分からないが、院長は最初の触診以来、この患者の対応に口を挟むようになった。
未知の病気に惹かれるのは医師として理解できるが、それでもあの執着はおかしいとしか言わざるを得ない。
死体が消えているといい、この患者に何か特別なものでもあるのか?
プーッ……プーッ……プーッ……
「クソ……いつの間にか切りやがって。ゴッドハンドだがなんだか知らないが、叩きあがりのセクハラクソ婆が偉そうに!」
触っただけで骨折を治すだかなんだか知らないが、急に現れて勝手にあれこれ仕切りやがって。なんであいつが医院長になれたんだ?
「先生!」
「今度はなんだ!!!」
「愛澤健斗くんの親御さんが面会に来ていて……どうしましょう?」
「とりあえず今日は会えないと伝えておけ!くれぐれも亡くなったことはまだ伝えるな!明日までに……解決策を考える」
クソ……こんなことで私の経歴に傷をつけさせるものか!
最悪の場合、すでに解剖を終えたと偽りの報告をすれば、これ以上の大事にはならないはず……そう信じてやり過ごすしかない。
こうして、愛澤健斗は死亡した。




