第68話 エルフ族の500年計画 前編
「村長!ケンちゃんを乗せた馬車が森を抜けました!」
「よぉし、これにて対来客用プランBを終了する!皆二週間ご苦労だった!さぁ、祝杯だ!宴の準備を始めるぞ~!」
見張の声を聞き、村長である私が皆に声をかける。
すると、張り詰めていた空気がふっと和らぎ、あちこちから安堵の声が上がった。
<うふふふっ……やっと、やっと交尾本が読めるぅぅ……!!あぁ、この匂い、この質感最高ぉ♡ずっと幽閉してごめんなさい♡
<昨日ケンちゃんがあの薬をクイッと飲んだ瞬間からもう脳がとろけそうで体が勝手に疼いちゃった♡ 見送りの時も腕つねって我慢してたら腕が真っ赤♡これもケンちゃんへの愛ね♡
<みんな!徹夜で書いた『エルフ×ケンちゃん』の交尾本を配るわ!欲しい人は並んでちょうだい!
<うひょー!!!犯すぞ~~!!!
堪えていたものが限界を迎えたのか、次々と理性のタガが外れたように感情を露にしていく村民達。
とても人に見せられた顔ではないが、目の前に極上のオスがいるというのに2週間も禁欲させられていたのだから当然だろう。
「それもこれも……エルフ族は性欲が希薄だというデマ情報を広めるため。なかなかに苦しい日々だったな」
まぁ一部のエルフは我慢できずに、ケンちゃんの使用済み食器を賭けた賭博や、常時魅了状態になる“魅惑のリンゴ”を売った八百屋の件などいたが、バレてないからセーフだろう。
「ふふ、ケンちゃんにはあの秘薬を飲ませた。これで予定通りケンちゃんは不老長寿となりエルフ族の安寧は守られる」
楽しげに談笑する皆の姿を目で追いながら、数日前に地下室で行われた秘密の会議の内容が脳裏を思い出す……
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「――では投票の結果を発表します。賛成九割、反対一割。よって……ケンちゃんの見た目は文句なしの合格と認定します」
<おおおおおお!!!!!!
握手会の後、集めた投票箱を係の者が開けると熱狂的な歓声が響き渡る。
ここは宿とは反対側に位置する大広場……の地下に作られた会議室。この場所には、フィーリアを除くすべてのエルフが集っていた。
<は?なんで9割?ケンちゃんの可愛さなら100%合格に決まってるじゃない!!この中に裏切ったヤツがいる……ぶん殴って教育してやるから出てきなさい!!!
<しょうがないじゃん!私はなよなよとしたオスよりも『“ムチっ…おっ♡エロッ♡普段はメス専用の給水所でもしてるんですか♡』っていう体型の方が好みなんだよ!
<はぁぁぁ!!そんな奴より純粋無垢で騙されやすいケンちゃんのがいいに決まってるじゃない!こっちの思い通りに染め放題なのよ!従順なペットにも、生意気なオスガキにも育て放題!可能性の獣なんだから!
「皆静かにしろ。合格したのはまだ容姿だけ。ここまでなら過去のオスたちも突破している」
そう、問題はこれからだ。
ケンちゃんが不老長寿の薬……通称エルフ化の秘薬を飲むには、メスへの耐性、魔力適性、そして自死を選ばない精神力。
この三つを満たせなければ合格にはならない。どれほど容姿がSランクでも、他がダメならまた見送りだ。
「次にメスへの耐性についてだが……これはもはや言うまでもないだろ。握手会にも癇癪一つ起こさず参加し、町ですれ違った時も笑顔で会釈を返す。さらに、我々でさえ扱いに困るフィーリアとも普通に接していた」
普通のオスなら、突然大勢の女性に取り囲まれるなど、恐怖を感じて暴れ出すのが常だろう。
実際前任者などは、たった10人との握手を終えた段階で堪えきれずに泣きじゃくり、そのまま精神的に崩れてしまった。
……だからこそ、ケンちゃんが笑顔を浮かべながらこちらにぺこりとお辞儀をしてくれたときは……お”っ♡
あんなの反則だ♡思い出すだけで胸の奥がじんじんと熱を帯び、頬が自然と緩んでしまう。
年甲斐もなくこんな気持ちになるなんて……後ほど盗んだ下着をじっくり舐め、溶かすように味合わせてもらおう。
「最初は子供だから女性を恐れないのかと思ったがそんなことはない。握手してわかったがケンちゃんはちょうど大人になったばかりだ。よほどの深い精神的外傷でも負わない限り問題ない……よって、メスへの耐性は文句なしのS評価だ」
仮に再起不能なレベルのトラウマを抱えるような事態に陥ったとしても、大人になっている以上記憶を消すという最終手段を行使することができる。
子供の頃まで記憶を消すと、体の大きさに脳が処理出来ずにおかしくなるからな。
大人になっても亜人恐れないなんて、なんて素晴らしい逸材だろう。
「それでは次に、魔力適性について報告に移る。ケンちゃんの魔力測定を担当した者は前へ出ろ」
「はいっ!お任せください!」
紙を手にしたポニーテールのエルフが、嬉しそうに手を挙げる。
「ケンちゃんの肉体データを皆さまに共有できるこの瞬間を、何日も前から楽しみにしておりました!もう朝から嬉しさで手が震えております!」
「そこまで胸を張るとは、さぞ良い結果が出たんだろうな。どれ……測定結果を見せてみろ」
片手を伸ばし、ケンちゃんの魔法適正が載った一枚の資料を受け取った。
「なになに…………は?なんだこの数値!全項目が最低値に近い。こんなの生まれたての赤ちゃんと変わらねぇぞ!過去のオスと見比べても類を見ないレベルの低さだ……!」
ざわざわ……
私のこぼしたわずかな言葉が会場全体へ広がっていくと、先ほどまでの和やかなざわめきは跡形もなく消え去り、重苦しい空気が場を支配する。
顔を見合わせる者、唇をかみしめる者、号泣しながら嗚咽する者。
ここにいる誰もが絶望の中に沈んでいった。
「くっ……やっぱり、そんな都合のいい結果にはならねぇか」
一番重要な魔力適性がダメなら、いくらケンちゃんでも不合格と言わざるを得ない。
そうなれば、ケンちゃんとの交尾も他のオスと同じく“配給”として少しだけする……という寂しいものになるだろう。
顔が好みなだけに、本当に残念でならない。
「ふっふっふ!甘いですよ!よく見てください!この魔力濃度の数値を!」
「え、魔力濃度?それがどうしたって……えっ、3000倍!?気持ち悪っ!!」
見るのも辛いほど低い数値ばかの中に、魔力濃度だけが異様に飛び抜けていた。
それは生き物としてあまりにも歪……というか、どういう生活をしてきたらこんな狂った数値が出るのか全く想像がつかない。
だが、もしこれが本当ならケンちゃんはエルフ族の種馬としてギリギリ許容できる。
「魔力濃度は唾液といった分泌液にも影響を及ぼす…………彼の体液にはどれほどの効力があるんだ」
市販の高級ポーションですら一般人の魔力濃度10倍に濃縮されているとされ、一口飲めば魔力を回復させる。
それが3000倍ともなれば、たった一口舐めるだけで魔力が全回復………いやもしかするとそれ以上の強力な効果も期待できるはずだ。
ケンちゃんの使用済み下着…………早く舐めたい!
「数値を見ればわかる通り、ケンちゃんは魔法こそ使えませんが魔力濃度3000倍という極上の素材です!これを逃す手はありません!てか!私はなんとしてでもケンちゃん交尾したいです!」
「じゅるり………♡確かにこれは興味を惹かれる。だが残念ながら手放しで喜べる数値ではねぇな。他の数値と総合的に考えて、Bランクといったところか。魔力適性はギリギリの合格だろう」
「合格」――その一言が発せられた瞬間、会場は再び歓声に包まれた。
なかには「魔力濃度3000倍のオス」という現実を受け止めきれず、その場で卒倒してしまう者すらいたほど。
だがこうなるのも無理もない。
容姿、メスへの耐性、魔力適性。これら3つの選考基準すべてを満たしたのは、エルフ族の長い歴史においてもケンちゃんが初めてなのだから。
「では最後に、自死を選ばないだけの精神力があるかを審議する」
これは初代種馬――『新樹物語』に登場し、実際に不老長寿を得た人間族のオスが辿った末路を教訓として設けられたものだ。
当時、不老長寿となった初代様はエルフ族全員と交尾しまくった後、紆余曲折の末に和平の証として人間族へと差し出された。
人間族に渡ってからも我々の時と同様…………いや、我々以上の人口を有する人間族を満足させるべく、より過酷な状況で果てなき交尾を繰り返していったのである。
その恩恵もあってなのか人間族は急速に発展していき、この世界でも最大規模の人口を誇る種族へと成長していったのだが………ここで大きな事件が発生した。
ある日、初代様は世話係の目を盗み、手にしたナイフで自らの首を切り裂くという壮絶な方法で命を絶ったのである。
これは、肉体が老いることなく保たれる一方で、精神だけが摩耗していた結果の悲劇。
終わりの見えぬ300年の繁殖生活に絶望をして迎えた、悲しい結末だ。
そしてこの一連の事件を聞いた当時のエルフたちは、「次のオスは300年間の監禁交尾生活に耐えられる者を選ぶべきだ」と悟った。
そのためこの“自死を選ばないだけの精神力”が審査項目に加えられたのである。
「これを明日審議する」
とはいえ、今では自殺しようが何をしようが回復魔法が発展してすぐに治せる関係上、この精神力の基準はもはや名ばかりのものに過ぎないのだがな。
「では、ケンちゃんのおつかいで妨害役をくじ引きで決める。これによってケンちゃんの精神力がどれほどのものかを見極める!」
どうせ合格するんだ。ついでに不老長寿の器作りとして必要な、あめ玉を舐めさせておこう。
難しいことに、不老長寿の秘薬をいきなり体内に入れると激しい拒絶反応が出て、最悪の場合は命を落とす可能性がある。
だから一度、秘薬が少し入った飴を舐めさせて体を慣れさせないといけない。
「これに合格すれば、ケンちゃんは晴れて我々と同じ長命種の仲間入りだ!800年思う存分交尾三昧の人生が待っている!あと少しの我慢だ!気合い入れていくぞ!」
<おおおおおお!!!!!




