第63話 あなたのことを忘れない 前編
ここは、魔物の討伐や薬草採取など、冒険者向けの依頼が壁一面に貼られたにぎやかな酒場。
笑い声とジョッキのぶつかる音、交尾の交換で大いに盛り上がっている。
「あ、あの……だ、だれかパーティー組みませんかぁ……? わ、私、強いですよぉ……」
そんな喧噪の中で、小さな虫の羽音のような声が空気を震わせた。
ガヤガヤ………
けれどその声は、誰の耳にも届くことなく溶けていく。
「うぅ……」
悲しいことに……意気揚々と森から出た私は誰ともパーティーを組めず、酒場でぽつんと独りきり。
一体なぜなんですか……!?
誰かが通るたびに「暇だなぁ……」って聞こえるように呟いたり、4人用パーティーゲームを目立つように並べたりしてるのに……
「どうして、誰も声をかけてくれないんですか~~!」
あまりにも無情な現実に、思わず机に突っ伏してしまう。
「ぐすん……」
あれほど期待に胸を膨らませていたというのに、この結末はちょっと寂しすぎます。
<ねぇ……さすがに可哀想だし、あの子誘ってみる?
<エルフ族かぁ……でも、あいつらがいると猥談しないって聞いたことあるし、今回はやめとこうぜ」
<それに、 エルフ族って身体能力も低くて弱いらしいじゃん。私たちが行くのは魔獣の討伐だしやめておこうよ。死んだら後味悪いしさ
そんなひそひそ声が耳に届いてくる。
先月から一人で依頼を受けてはいるが、地理に不慣れなせいで迷子になったり、成果を出せなかったりと惨敗続き。
まずいと思った私は、案内役でもいいからと仲間を探しているのに、気づけばもう2週間が経過。誰からも話しかけてもらえない。
「ふへ……ふへへへ」
ですがまだあきらめせん!
せめて親しみやすいように笑って、現れるはずの私のパーティーメンバーを迎えましょう。
「ねぇ……そこのエルフ族さん?」
「ふへ……は、はい!え、わ、わわわ私ですか!?」
「あなた以外にエルフ族はいないと思うけど……やっぱりエルフ族って変わっているのね」
声のする方を振り返ると、そこには私をじろじろと見つめる小柄な女性が立っていた。
短く切りそろえられた髪に、腰には手のひらほどのナイフを一振り。
太ももを大胆に見せる短パンと軽装の上着は、動きやすさを第一に考えられた服装をしている。
「私は人間族のリーリス。あなたの名前は?」
「あっ、えっと……エルフ族のフィーリアです……。な、何か御用でしょうか?へへっ」
嫌われないように、全力で愛想笑いを浮かべる。
「えっと……フィーリアさんね。今から薬草を納品する依頼に行こうと思ってるんだけど、実は植物のことわかってなくて……」
照れくさそうに、ぽりぽりと頬をかく。
「エルフ族は森で育つって聞いてたから、そういうことに詳しいんじゃないかなって思って声をかけたの。よかったら一緒にどう?」
「ま、まぁ……確かに薬草にはそれなりに詳しいですけど……わ、私でいいんですか?ここ最近ずっと無視され続けていて自信がなくて……」
「大丈夫!大丈夫!ここはわたしが生まれ育った街だし、フィーリアさんは薬草の見分けだけしてくれたらいいから!ささっ!日が昇ってるうちに出発進行!」
「あ、あの……私、まだ行くって返事してないのに〜〜〜……」
初めて会ったばかりなのに、ぐいっと腕を掴まれそのまま引きずられる。
こんなに強引にされるなんて……外の人間って怖い。もう今日は仲間探しを精一杯頑張ったで賞で休みたいのに……
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「へぇー、フィーリアはオスと交尾するために村を出たんだ……これって薬草?」
「そうなんです。エルフ族は意気地なしが多くて困ります。だからこそ、私みたいな度胸のある者が世界に出て見聞を広める大切さを示してあげるんです…………あ、それはただの苦い草です」
私は今、リーリスの案内で森の中を歩きながら薬草を採取している。
さすがはこの街で育っただけあって、どの道も迷うことなく進んでいく彼女の姿はとても頼もしい。
「よいしょっと……ねぇフィーリアさん。ちょっと疑問なんだけど、なんでエルフ族って森から出てこないの?」
「それはもちろん…………あれ?なんでエルフ族って森に引きこもってるのでしょう?」
そのことを思い出そうとすると、頭の奥で“ざざっ……”ってノイズが走るような感覚があって思考がかき乱される。
「なにか大事な計画があったような、なかったような……よく思い出せません。でも、なぜか森から出ようとしないんです」
「もったいないなぁ……最近、“写真”っていう瞬間を切り取って残せる魔法具が発明されたんだけど、今、人間族の間ですごく流行ってるの」
「写真……ですか?」
「そ!特に“オスの写真”なんて一枚で豪邸が建てられるほど価値があるんだって!」
「オスの姿を切り取った物……そ、そそそれってつまり、24時間オスと一緒にいられるってことなんですか!?」
「えーっと、私もまだ実物を見た訳じゃないけどそうらしいよ」
「す、すごい……この世にそんな物が……」
「しかも噂では、写真には写された人の“魂”が封じられてるらしくて、見つめるだけで気配や息づかいまで感じられるんだって!すごいよね!」
気配まで……やはり、あの何もない退屈な村から出て正解でした!ここには、私の知らなかった世界が広がってます!
よし!まずは“オス”という存在に近づく第一歩として、その魂が宿るという写真を手に入れてみせます!
「ぎ、逆にリーリスさんはどうしてこの依頼を受けたんですか?」
「わたし?わたしは単純にお金稼ぎ。本当は小さな本屋を経営してたんだけど、母が戦争で亡くなってね……」
「そ、それは嫌なことを聞きました」
「いいのいいの。母が40歳で死ぬのはずっと前から予想してたし、気持ちの整理はとっくの昔に済んでたから」
「予想してた?」
戦争で亡くなるのを前から予想していたとは、一体どういうことでしょうか。
リーリスさんのお母さんは名の知れた兵士として活動していて、最後は危険な任務に就くことになった……とかでしょうか?
「そっか……エルフ族は知らないか。えっと……人間族のメスは、オスと交尾した代償として、戦争に強制参加させられる制度があるの」
「な、なるほど……そんな制度が」」
「だから戦争に行くずっと前から、“そろそろお別れかな”って覚悟はしてたんだ。魔族との戦争は戻ってくる人の方が圧倒的に少ないからね……寂しさはあったけど泣いたりはしなかったかな」
人間族と魔族が戦争していることは知っていましたが、そんなに苦しい状況だったんですね。
エルフ族は中立の立場なので深く考えたことはありませんでしたが……そろそろ終戦が近いのでしょうか?
「せめて経営のコツのくらい教えてくれてもよかったのに。小さなノートをポンって渡して”はい終わり”って……そりゃないよね?」
「はは……そ、そうですね。私は本をたまにしか読まないのでわかりませんが」
「あーあ……私も、いずれは国が決めたオスと交尾して、その代償で戦争に行くことになるのかなぁ。武器なんてまともに握ったことすらないのに……このナイフも、山菜採り用に軽く研いでもらっただけだし」
ザクッ……ザクッ……
「ほら見て!切れ味もいまいちだし、とてもじゃないけど戦えないよ」
不機嫌そうなリーリスは、薬草を根元から力強く切り倒し、次々とカゴに放り込んでいく。その表情から苛立ちが滲み出ていた。
「いっそフィーリアさんみたいに、オスを探す旅に出ちゃおうかな~。明日には運命の相手と出会えるかもしれないって考えると夢があるよね~」
「はい!寂しくて辛くても、今すぐオスが現れて交尾してるかもしれないって考えたら、不思議とやる気がわいてきます!」
「夢物語だと思うけどね。こんな深い森の中にオスが現れるなんて、現実的にはまずありえな……」
ガサガサ……そんな理想の未来を話し合っていると、近くの草むらからゴソゴソとした音が聞こえてくる。
「えっ……今の音ってなに?まさか……オス!?」
驚いたリーリスさんはナイフを落とし、その音のする草むらへとそっと近づいていく。
「こっちおいで~お姉さんが優しく手ほどきしてあげますよ~怖くないか出ておいで~」
ガブッ!
「いたたたたた!!!普通に魔獣!ガッツリ魔獣!!!痛い!!フィーリアさん助けて」
「あわ……あわわわ!【テレパシー】」
【魔獣さん!その腕をカミカミするのはやめてください!そんなブヨブヨの脂肪まみれの腕なんて、不味いだけですよ!それにさっきこの人、「運動不足で脂肪だらけのだらしない体」って自分で言ってたんですから、美味しくないに決まってますよ!】
ガブガブガブッ!
「なんか急に食い付きが激しくなった気がするんですけど!」
「こうなったら仕方ありません!私の攻撃魔法で解決します!雷……じゃなくて動物は火が苦手だから、ここは火の魔法一択です!」
「火の魔法!?ちょっと待って!森の中で火なんて使ったら依頼の薬草が……」
「吹っ飛んでください~【ファイヤーボール!!!】」
ドカーン!!!!!!
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【依頼報告書】
【戦争準備に伴う薬草5個の納品依頼】
【依頼内容】
・村近郊の森から薬草を5個以上収集すること
・5個以上採取した場合、1個につき追加報酬を支給(最大30個まで)
【参加者】
・エルフ族:フィーリア
・人間族;リーリス
【結果:依頼失敗】
・収集した薬草が燃え、群生地ごと消失したため大至急対応が必要。
・犯人とされるフィーリア及びリーリスを招集したが応じなかったため、当該人物の村内への入場・一切の活動を禁止する。【承認】




