第62話 オスを探して三千里
バタン!
「今日はめちゃくちゃに頑張った……です」
劇が終わると同時に、まるで魔源が切れたおもちゃのように眠り込んでしまったケンちゃん。
彼を宿まで送り届けて、ようやく自宅のソファーでのんびりする。
今日は本当に大変な一日でした。
朝からケンちゃんのあとをつけて、町中を右へ左へと駆け回る。
挙句の果てには誘拐事件に巻き込まれ、さらには久しぶりの奥義まで披露して――もう何がなんだか分からないくらい忙しい一日でした。
「体も痛い……」
正直、もうこんな騒がしい日はインドアを愛する私としては遠慮したい……です。
けど――
「最後に“ありがとう”って言ってくれて、すごくうれしかった…………です」
ケンちゃんの笑顔をひと目見るだけで、何でもできる気がしてくる。
身体の奥から、ぽかぽかしたやる気が無限に湧いてきて無敵になった気分です。
「あんな素晴らしい気分を味わえるなら、また大きな事件が起きて欲しい……です。そして、そこに颯爽と駆けつけてかっこよく助かる私……ふふふふ♡」
あ、やばいです。
今日はぐっすり眠るつもりだったのに、体の奥からグツグツと熱が湧き上がってきて……止まりません♡
「ぐへへへ……ん♡……ケンちゃん♡………あっ、そういえば髪の毛もらったんだった。これで何か作れないかな」
私の手には、祭りの最中にこっそりと引き抜いたケンちゃんの髪の毛が数本。
「とりあえず綺麗な宝石を付けてブレスレット………は切れそうで少し怖いです」
外の世界には、オスの髪の毛を食べることで愛が深まると信じている集団がいるそうですが……私にはその気持ち悪い発想は理解できないです。
そんな自己満足の行動より、“物”として一生大切に優しく扱ってあげた方が、オス側も「あ、僕って大事にされてるんだな……フィーリアさん好き!」って感じると思います。
「よしっ……そうとなったら決まりです!私の髪の毛と一緒に編み込んで、世界にひとつだけのお守りにしましょう!これならケンちゃん用と私用で二つ作れます」
作るものが決まり、ウキウキした気分でソファーから立ち上がると、机の引き出しから裁縫セットを取り出した。
「ふふーん。お別れのプレゼントにこの加護を渡せば、ケンちゃんはきっと喜んでくれるはず……です。ケンちゃんは私の似顔絵を描くほど大好きですし」
そ、それにもしこれがきっかけで……こ、交尾のお誘いなんてされたら……ど、どどど、どうしましょう……!?
あんなに懐いてくれていたケンちゃんなら、もしかして……いや、あり得る……あり得てしまい……ます!
「な、なら念には念を入れて、今夜のうちにできる限りの処理を済ませておきましょう……!」
野外交尾をするのなら、人様に見せても恥ずかしくないようにきちんとしなければ……かなり面倒くさいですが、ケンちゃんのためです!手は抜けません!
「……でも、仮にお守りが完成したとして。渡すには、早起きしないとダメなんですよね」
寝坊常習犯の私が、ちゃんと起きられるかという心配もあります。
でも、それ以上に――あと十時間もしないうちに、この村からケンちゃんがいなくなる。 その現実が、胸の奥にじわりと重くのしかかります。
運が悪ければ、もうあの顔を見れないのかも……
「うぅ……気分を逸らそうとしてもやはり別れは苦しいです」
他のエルフたちは、どうしてあんなに平然として……いえ、むしろ嬉しそうにしていたのでしょう。私にはその感情がまったくわかりません。
来る前はあれほど楽しみにしていたくせに――いざ終わると、あっさりと別れてしまう。あまりにも薄情……です。
やっぱり……ラミィさんの誘いに乗ったほうが……
「いえ、これでいいはず……です。これ以上ケンちゃんと一緒にいたらきっと最後の別れに耐えられませんから!」
私は忘れかけていた苦しみを思い出すために、彼女がくれたネックレスをそっと机の引き出しから取り出す。
冷たい金属の感触が指先に触れた瞬間、あの頃の記憶が静かに胸の奥でよみがえっていった……
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数十年前、エルフの森にて……
「フィーリア!あんた村を出るなんて正気か!?そんなの村長として許すわけないだろ!」
「う、うううるさいです!村長だからって偉そうにしないでください!私は村を出て小さくて可愛いオスと結婚するんです!」
「そんなオス簡単に出会えねぇよ!本当にあんたは考えが甘すぎる……世界の厳しさを何ひとつ分かってないんだな」
村長は、まるでため息でもつきたげな表情で額を押さえている。
たとえ誰に何を言われても、私は本で読んだような夢と希望にあふれる世界を冒険をするんです!
その旅の中で小さくて可愛いオスに出会って……たくさんの思い出を重ねながら温かい家庭を作るんです!
「いいか?これはエルフ族の存続にかかわることなんだよ……エルフ族は争いを好まず、(ざざぁ……)にも執着しない平和的な種族として見られている。それはすべて、オスを(ざざぁ……)にして永遠の(ざざぁ……)な計画を成功させるため。あんたのわがままで、その努力を無駄にするわけにはいかないんだよ」
「そんなの、時代遅れの計画なんて知らないです!お母さんは人間族から支給されたオスと交尾してるから、私の気持ちなんてわからないんです!私だって……オスと交尾したいぃぃぃぃぃ!!」
ジタバタ……ジタバタ……
「はぁ、誰に似たんだか……」
「交尾ぃぃぃぃぃ!!!仕事で疲れた所を『ご飯にする?お風呂にする?それとも……わ・た・し♡?』って言われたいぃぃぃぃ」
ジタバタ……ジタバタ……
「あんた、仕事なんてしたことないだろ。はぁ……しゃあない。あんたが外に出るのを許可してやるよ」
「えっ!? 本当!?……いいんですか!?」
普段はあんなに頑固で、私の言うことなんて聞く耳持たないくせに、どうして今日は素直なんだろう。
せっかく、あと100時間は粘れるようにって、オムツまで準備してたのに……
「だが一つだけ条件がある。今からあんたの記憶からあの計画に関する記憶を全て消す」
「な、なんでそんなことまで……!」
「規則なんだから仕方ないだろう?それにあんたは口が軽いからな。外に出てあの計画を喋られたらたまったもんじゃないんだよ」
「私がそんなこと言いふらすわけないじゃないですか!」
お母さんはひどいです……なんで私を信用してくれないんでしょうか。
親として失格だと思います!
「じゃあ仮に、エルフ族の秘密を漏らす代わりにオスと交尾できる状況でもあんたは黙っていられるのかい?」
「…………しぇべりません」
「目が泳いでるよ…………ったく。それでどうするんだ?村に残ってエルフ族の計画に従うのか。それとも記憶を消されてオスを探す無謀な道を選ぶのか……はっきり答えな」
村長は、まるで罪を裁く裁判官のように厳しい目で私を見つめた。
その視線に思わず背筋がこわばるが、ここで立ち止まる訳はいかない。
オスと交尾するためにも私は一歩前進するんです!
「この村から出ていきます!私はこの村で収まるような小さな人間じゃないんです!きっと私の魔法を求めて、みんなの人気者になれるはずです!」
「はいはい、わかったよ。じゃあ記憶を消すが抵抗するんじゃないよ。記憶を消すには双方の合意がないとできないからな。【スリーブ】」
「スピー……Zzz」
「はぁ……本来なら肌を黒くしてダークエルフ化もしなきゃいけないんだけど、これでも大事な娘だからな。ったく……怪我だけはするんじゃないよ」
こうして私のお婿さん探しの旅が始まったのです。




