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第61話 新樹物語

「歓迎会の時はちょっとしたお祭りのようでしたが、今回はずいぶんと規模が大きいんですね」


「マツリ……タノシイ」


 ケンちゃんは用意された椅子にちょこんと腰掛けてる。

 屋台で買った果物の砂糖漬けを、嬉しそうに頬張っていた。


「ふふ、ケンちゃんも楽しそう……です」


 誘拐なんてことがあったのなら、見知らぬエルフを前にして身をすくめても不思議じゃない。


 けれどケンちゃんは、まるで何事もなかったかのように屋台のエルフに笑顔を向け、すれ違うエルフたちとも自然に握手を交わしていた。


 流石はケンちゃん……です。


「ケンちゃ~ん。塩ゆでした芋のスティック食べますか」


「ウン……」


 パクッ!


「だ、だだっ……た、唾液が……指にぃ!!!おほほーほほほっほ!」


 ケンちゃんの小さな口が私の指先を包み込む。そこにぬるりとした輝く液体がまとわりついて……あ、ああ……!


「こ、これは指を切り落として保存にしなければ!ゆ、指くらいなら回復魔法ですぐ戻りますし……よし、ここはより綺麗に切れるよう風魔法で――!」


「フィーリア様、少し静かにしてください。ケンちゃん様が驚いてしまいます」


 祭りのねつにうかされてはしゃいでいるとラミィさんに注意される。


「ではケンちゃん様。こちら別の果物の砂糖漬けです。怪我をしないよう串は外しておきましたので……どうぞ、指ごと遠慮なく舐めてください」


 パクッ!


「ふぅ……♡ふぅ……♡私とは違って厚みがあって質量のある舌……ちょっとくらい引っ張ってもいいのでしょうか?」


「ふにゃ?」


「ラ、ラミィさん!イエスケンちゃんノータッチ……です!どんなにケンちゃんが魅力的でも、無理に触れるのは絶対ダメ……です!」


「わかっています……今日はこのふやけた指で我慢します」


 ラミィさんは、ケンちゃんに舐められた指をじっと見つめている。


 ぐぬぬぬ。私よりも多くケンちゃんの証が残っていて羨ましい……です。


「ゴメン……キタナイデス」


 キュッキュ……


「「ああああああああ!」」


 ケンちゃんが、近くにあった布巾で私たちの“神聖な指”を丁寧に拭いてしまった。


 悲しい……でも、ケンちゃんが直接汚れを拭いてくれるのはそれはそれで興奮します。


「あ……そ、そういえばラミィさん。実はこのあとここで演劇をやる予定でして……その、できればケンちゃんにも出演してもらいたいなって……いい……ですかね?」


「それはケンちゃん様の意思次第ですが……どのような役でしょう?危険が伴う内容であれば許可はできませんが」


「えっと……ケンちゃんはただここに座っているだけでよくて、ちょっとポーションを飲んでほしいだけです」


「ポーションを……。しかし、我々には無害なポーションであっても人間族のオスには有害な場合がございます」


「な、なるほど……」


「道中で接触したエルフに不審な点は一切見受けられませんでしたが、仮に誰かが媚薬のようなものを混入させる――そんな可能性を考慮すると許可を出すわけにはいきません」


「そ、そうですよね!じゃあ私から村長に……」


「その点は大丈夫でございます!」


「そ、村長……」


 知らないうちに、私たちの背後に村長が立っていた。


「ラミィ様、エルフ族と人間族の身体構造は非常に似通っています。加えて、過去に同様のポーションを服用した人間族のオスは、長寿を保ったと聞いております」


 村長はいつもの服装ではなく、古くから伝わる民族衣装に身を包み、顔は古びた仮面で覆われていた。


「劇中でケンちゃんに飲ませるのは健康にとても良い秘薬でございます。ご心配は理解しますが、ケンちゃんのためにもぜひ飲ませることをおすすめいたします」


 あれ、薬草をすりつぶして作る苦い薬なら覚えがありますが、そんな便利な秘薬この村にありましたっけ?

 それに飲ませるのはポーションのはずでは?


「さぁ……どうでしょうか?」


 話が食い違っているのは気になりますが、村長に口答えして殴られたくないので、ここは何も言わずに黙ります。


「村長を信用したいのは山々ですが、先ほどの一件もあります。ルナ様もいない以上やはり許可は出来ません」


「……かしこまりました。無理なお願いをして申し訳ありません」


 村長は厳かな面持ちで天を仰ぎ、指を三本静かに立てる。


「では料理と一緒に演劇……『新樹物語』をお楽しみください」




===================




<皆の者!神聖樹に選ばれた!この子を守るのだ!エルフ族の希望を失う訳にはいかぬ!


 目の前では、この村に古く――といっても500年くらい前から伝わる。『新樹物語』の演劇が行われている。


 旅の途中で立ち寄った村でも、似たような本を読んだことがありますが、あちらは人間族向けに大幅にアレンジされていた。

 登場人物や展開もまるで別物で、エルフが悪役になっていて驚いた記憶があります。


 あんな本を作られておきながら、今も人間族と友好的な関係を築いているなんて不思議……です。


 パクパク……ごくごく……


「ウゥ……カライ……ケドイイ」


「ケ、ケンちゃん?口をパクパクさせてどうしました?」


 演劇の最中、少し遅れて運ばれてきた料理を食べたケンちゃんは、口をパクパクと開けたり閉じたりしている。


「フィーリア……コレ……カライ」


「え、そうでしょうか。私のはちょうどいい辛さに感じますが……」


 疑問に思いながら、ケンちゃんの皿から料理を一口つまんで口に入れた瞬間──


「ッッッッ!!!???」


 舌が燃えるような衝撃に襲われ、思わず箸を落としそうになる。


 辛い!辛すぎます!なんでケンちゃんはこんな辛いものを平然と食べてたんですか!?


「み、水!とりあえず水を……あった!」


 ゴク……ゴク……ゴクッ!


 目の前のコップを乱暴に掴み、水を一気に流し込む。


「ぷは……辛い」


 喉を潤す感覚にわずかに安堵するも、舌のヒリヒリはしつこく残り続けていた。


「あ、これケンちゃんの飲み水でした……あははは。ご、ごめんなさいケンちゃん」


 空になったコップを気まずそうに戻す。

 本来なら間接キスに絶頂しているはずですが、辛すぎてそれどころじゃないのが残念です。


「けれど……どうしてケンちゃんの料理だけこんなにも辛かったんでしょうか」


 嫌がらせ……はありえないだろうし、単純に料理人のミスなのかな。後でしっかりとクレームを入れておきましょう。


「とりあえず水魔法でお水を……っていたたた。魔力切れなんでした」


 コップに水を注ごうとした瞬間、ひどい頭痛に襲わる。


「ミズ……ナイ」


 まずい……ケンちゃんが明らかに不満そうな表情をしている。このままじゃ、勝手に水を飲みほした私が嫌われてしまいます。


「テレパシーなら行けるか……【テレパシー】」


【ケンちゃん。い、今すぐに水を持ってきますのでもう少しだけ待っていてください】


 コク……ケンちゃんは首を縦に振って了承する。


 とはいってもどうしよう。


 私が誰かに話しかけられるわけもないし、ラミィさんに頼んだら、勝手に水を飲んだのがバレて怒られる……かも。


 うぅ……めちゃくちゃ怖い。


 で、でも、そんなこと気にしている場合じゃない。ケンちゃんが困っているのに黙って見ているなんてできない……です。


「ラミィさ……」


「ケンちゃん、お水をお注ぎします」


「わっ!びっくりした!」


 声がした方に振り返ると、仮面をつけたエルフが木製のボトルを握りしめ、静かにこちらを見つめて立っていた。


「コップをこちらに……ありがとうございます」


 厳重に封がされたボトルの蓋を慎重に開けると、水がゆっくりとコップに注がれた。


 トクトクトクッ……


 注がれた水は澄んでいるとは言えず、淡い濁りがかかっている。


「あの……どうしてずっとここにいるんですか?」


 水を注ぐという仕事を終えたはず給仕係は、自分が注いだコップを凝視して一歩も動く気配がない。


「いえ、ケンちゃんが水を全部飲み干してしまうかもしれないので、すぐに注げるように見守っているだけです。どうぞ気にしないでください」


「そうなんですか……あ、あの私のもついでにいいですか?喉がカラカラで……」


「………」


「あの……水……」


「…………チッ」


 なぜか私のときだけ、舌打ち混じりに水魔法が発動し、大気中の水分が水として注がれる。


 この人が誰なのか分からないけど、私ってそんなに嫌われているのでしょうか。悲しい……です。


「ゴクゴク……ウ、マズい。デモカライ……ゴクゴク」


 ケンちゃんは渋い顔をしながらも、ボトルから注がれた水を一気に飲み干していく。


「……ヤッパリマズイ」


 コト……やがてコップは空となり、ゆっくりと机の上に置かれる。


「確認させていただきます……ふふ。全部飲みましたね、偉いです」


 給仕のエルフが、飲みほしたばかりのコップを舐めるように見つめる。

 底に一滴すら残っていないことを確認すると、口元にわずかな笑みを浮かべた。


「ああ、ついに……我々の悲願が……みんなに知らせないと」


 コップを大事に抱きしめたかと思うと、肩を震わせながら指を三本真上に立てる……何してるんだろう。


<今ここに!エルフの力を受け継ぐ男子が真なる加護を得た!これでエルフ族は安泰である!


 一方劇は、本来はケンちゃんが飲むはずだった秘薬を代役が飲むシーンになり今日一番の盛り上がりを見せる。


<わ、わだじ……おべばばあびぼばぼ!


 中には感極まって号泣する観客、嗚咽する役者まで現れて会場は若干のカオスに包まれる……演者まで泣くのはどういうことなんでしょう


===================



【噂のおとぎ話について】


 最近、”エルフ族に伝わる秘薬を飲めば不老不死になれる!”――そんな話を耳にしたことがあるかもしれません。しかしこれは昔から語り継がれている作り話であり、現実には存在しません。


 現地人に「神聖樹まで案内してあげる」と誘われても、それは間違いなく罠ですので注意しましょう。(仮に急いで逃げても魔法で確保されるので、そもそも近づかないことを強く推奨します)


 また、「友人がエルフの地下施設に連れ去られた」という報告が後を絶ちませんが、調査の結果そのような施設は確認されませんでした。魔王軍も忙しいので、いたずら半分の報告もしないようにしてください。



2043年版 異世界異文録より抜粋

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