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第60話 あの子のように

「ラミィ様。村の者が大変……大変失礼いたしました。ほら、あんたも頭を下げなさい」


「嫌……です。私はむしろケンちゃんを助けました。むしろ感謝されるべきで頭を下げる理由はないと思います」


「この世には“監督責任”って言葉があんだ……こほん、あるんです。なのでさっさと頭を下げなさい。じゃないと今月のお小遣いはなしですよ!」


 ドス!


「痛い……です!これはもう立派な虐待……です!こっちは魔力酔いでクラクラしているのに!」


 うぅ……頭がぼうっとして、呼吸も浅くなって、それでもケンちゃんを助けようと無理して頑張ったのに――返ってきたのは村長からの杖での腹パン。


 もうだめだぁ……やっぱりわたし嫌われてるんだぁ。


「あの……とりあえずケンちゃんは無事ですし、もう大丈夫ですよ。こうして犯人も捕らえてあることですし、一度頭をあげてください」


 ラミィさんはそう静かに語りかけながら、優しい手つきで村長の肩に触れた。


「それに、こちらとしてはこれ以上責任の追及をするつもりはありません。フィーリア様も頑張ってくれましたからね」


「うぅ……ラミィさーん!!!」


 擁護の言葉に胸が熱くなって、思わずラミィさんに抱きついた。


 この村で心から信じられるのは、ケンちゃんとラミィさんだけ……です。


スリスリ……


 ひんやりとした滑らかな肌が、熱を帯びた額をやさしく触れる。

 その感触はまるで氷菓を頬に当てたときのようで、じんわりと心まで落ち着いてきます。


「……ただ、ケンちゃんにとってこの場所が危険だと判明した以上、これ以上滞在することはできません。名残惜しいですが、私たちは村を離れます」


「承知しました……ただラミィ様、お願いがひとつだけございます」


「なんでしょうか……」


 ぱっと顔を上げた村長の顔は、いつも以上に焦っているように見えます。

 前に私が水魔法を失敗して、部屋中びしょ濡れにしたときもこんな顔してました……うっ思い出しただけで殴られた時の痛みが。


「よろしければ、せめて今夜の祭りまではお待ちいただけませんでしょうか。皆、ケンちゃんに喜んでもらおうと、何日も前から一生懸命準備してきたのです」


「祭り……ですか」


「祭りといっても、最初にお越しいただいたときのようにな簡単な催しと、気持ちばかりの出店が並ぶ程度のものです。人が密集することもなく、安全面については配慮しております」


「なるほど……ケンちゃんのご意向にもよりますが、それくらいでしたら問題ありません。フィーリア様、ケンちゃんにテレパシーを使っていただけますか?」


「あ、はい!【テレパシー】」


 言われた通りにテレパシーを送り、今夜の祭りが予定通り執り行われること、私の不手際で怖がらせてしまったことを心からお詫びする。


 そして、また同じようなことが起こるかもしれないけれど、それでも祭りに参加したいかどうかをケンちゃんに確かめた。


「マツリ……イク!」


「かしこまりました。ケンちゃんも楽しみにしているようですし、出発は明日の朝にいたしましょう。今夜のルナ様は……少々あれですのでえ」


 目を輝かせてうなずくケンちゃんを見て、私たちは祭りへ行くことを決めた。


「ありがとうございます……フィーリア、いつもの部屋に案内なさい。私は急いで祭りの準備をしてくるから……あなたも、変な気は起こさないでね?」


「そ、そんなこと……しないです!」


 私の言い分を聞こうともせず、村長はケンちゃんを襲ったエルフを抱え、慌ただしくその場を後にしてした。


 グイグイ……


「ん?私の服を引っ張って……ど、どうしたんですか?」


 村長が向かった方向を恨めしそうににらんでいると、ケンちゃんが服の裾を小さく引っ張った。


「フィーリア……サッキ……アリガトウ……デス」


「えつ……そ、そんな褒められるようなこと全然してないですよ~。えへ、へへへへへ。ま、まあ。たまにはちゃんとやれるってところを見せないとって思っただけで~」


「フィーリア……マツリオワルト……サヨナラ……」


 ケンちゃんは下をじっと見つめて、どこか寂しそうな表情を浮かべる。


 さっきのテレパシーで、この村にいるのは今夜限りだと伝えた。つまり、私がケンちゃんと会えるのはこれが最後の時間になる。


「ボクカナシイ……モットソバガ……イイ」


「うっ……」


 ケンちゃんは私にとって特別な存在。だから、離れ離れになるのはちょっと……いや、かなり悲しい。


 引きこもりでずっとボッチだった私に、ケンちゃんはずっと優しく笑顔で話しかけてくれた。


 気を遣われてるとか、仕方なく話しかけられてるとかそういうのじゃなくて……この二週間、本当に自然に。まるで最初からそうだったかのように、私の隣にいてくれた


 その日々を思い出すたびに、胸の奥がじんわりと温かくなる。気づけば、あれほど私に染みついていた寂しさた孤独も……どこかへ消えていました。


 まるで昔、あの子と旅をしていた頃に戻ったみたいで……とても、とても楽しかった。


「フィーリア?ドウシタノ?」


 だけどそっか……その「楽しかった日常」も今日で終わりなんだ。


「私も悲しい……です。うぅ……ケンちゃ~ん!!!」


 ギュ~~~~ッ!!!


 涙でぐしゃぐしゃになった顔のまま、私はケンちゃんに飛びつくように抱きついた。

 心の奥に溜め込んでいた熱い想いをぶつけるように、腕にぎゅっと力を込める。


「フィーリア?モンダイアル?ダイジョウブ?」


 ギュ!


 すると、ケンちゃんが優しく抱き返してくれた。

 オスの人に抱きしめられるのは生まれて初めてで知らなかったが、ケンちゃんの腕はとても暖かくて、なんだか安心する。


 このままずっとケンちゃんの腕の中にいたい……です。


「ふひひひひひひ♡♡♡」


「随分とケンちゃんに懐かれましたね…………フィーリア様」


「ふひひ……あ、はい……なんでしょう」


 抱きしめられる温もりにうっとりしていた私の耳に、ラミィさんの真剣な声が鋭く届く。


「もしご迷惑でなければ、この機会にお城までご同行いただけませんでしょうか?」


「え……し、城? わ、私が……ですか?」


「はい。フィーリア様は言語指導に長けテレパシーも自在に操れます。加えてこれほどケンちゃんに懐かれ、戦えるとなれば護衛役として完璧でしょう」


 城についていく――それはつまり明日も、明後日もケンちゃんと一緒にいられるということ。この天国のような優しい時間が続いていくということ。


 もしそんな毎日を送れるのなら、私は幸せで頭がおかしくなってしまいます。


 普通なら迷う余地なんてないはずの提案。断る方がバカである………でも


「……すいませんお断りします」


 私は迷いを押し殺し、ラミィさんに向かって深く頭を下げた。


「…………そうですか。私としてはちょっと悲しいですね。最近激しくなってきたまるちゃん様たちにも、そのテレパシーが役立ちそうだったのですが」


「うっ……本当に本当にごめんなさい!」


「いえ、むしろ突然無理を言ったのはこちらです。どうかお気になさらず。さ、早く部屋に戻ってゆっくりしましょう。ちょうど美味しい果物もケンちゃんが買ってきてくれましたしね」


 ラミィさんの声に従い部屋へと案内する。力なくぐったりした狐を抱き上げるケンちゃんの顔には、どこか心配そうな色が浮かんでいた。


「そういえば、エルフはあまり戦いが強くないと聞いておりましたが、フィーリア様はどこであのような魔法を?」


「あ、実は数十年前に旅をしまして……」



===================




「で、ではまた祭りの準備が出来次第迎えにきますね……」


 ガチャ……


 扉の向こうで元気に手を振るケンちゃんに、私もそっと手を振り返した。


 その姿が見えなくなるのを惜しみながら静かに扉を閉める。


「ふぅ………」


 先ほど、ずっと夢に見ていたケンちゃんの「あーん」で、リンゴを食べさせてもらった。


 甘いリンゴの味を感じる余裕もないほど、嬉しすぎて心がとろけそうでヤバかったです。


 特に、あの一番色の濃いリンゴを食べてからは、幸せで笑いが止まりません。なぜか八百屋さんにいた店員の顔がちらつきますが、そんなことどうでもいい……です。


「ふひ、ふひひ。やっぱりケンちゃんといると楽しい……ふひひ」


「フィーリア?」


「は、はい!ななななんでしょうか!?」


 振り返るとそこには、以前私の家に来ていた村のお偉いさんが立っていた。


 この人怖いから苦手……です。


「そんなに驚いてどうしたの?……まあいいわ。お願いしたいことがあるのだけれど、聞いてくれるかしら?」


「た、頼みたいこと……す、すみません! お金はもうほとんどケンちゃんに渡しちゃって……ジャンプしても金貨の音ひとつしないと思います……ほ、ほら」


 ぴょんぴょん……


「カツアゲじゃないわよ! ただ祭りの間、ケンちゃんの様子を監視してほしいだけよ!」


「け、ケンちゃんを……監視ですか?」


「そうよ。演劇が終わったら、ケンちゃんに“例のもの”を飲ませるわ。あなたには、万が一拒否したり吐き出したりしないか、しっかり監視してほしいの」


「例のもの?………一体なにを飲ませるんですか?」


「なにって、昨日の会議で可決された”不……ああ、あんたはまだ知らないんだっけ?」


 唇の端が薄く吊り上がり、冷ややかな笑みを浮かべる。


「か、会議なんてあったんですね。昨日は絵本を描いていたので……」


「なら安心なさい。渡すのはただの回復ポーションよ。ラミィっていう白蛇に、演劇の終わりに飲ませるって伝えておいてね~バイバ~イ」


「あ、ちょっと……」


 お偉いさんは、私が声をかける間もなく足早に離れていった。まるで同じ空間に居たくないかのようで感じが悪い。


「はぁ……今夜がケンちゃんと触れ合える最後の日なのに面倒くさいことを頼まれてしまいました。よよよ……」


<わ”お”ーーーーーん♡♡


 まるで私の寂しい孤独を代弁するかのように遠くで狼の唸り声が聞こえてくる……あれ?


 狼なんて近くにましたっけ?


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