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第58話 脳を焼かれたエルフ

 むぎゅ~~~♡♡♡


「やっと二人きりになれましたね♡ ケンちゃんが飴を舐め終わるの……待ちきれなかったんですから♡」


 無味無臭で、おいしくもない飴を舐めさせられたと思ったら、今度は別のエルフが僕の腕をぐいぐいと引っぱって連れ去る。

 そのまま抵抗する間もなく路地裏へと連れ込まれ、勢いそのままに抱きしめられていた。


「ふへ……ふへへへへ!ケンちゃん酷いです。私に向って『大好き』だなんて言ってくれたのに、二週間も放置するなんて♡焦らしプレイにも限度がありますよ♡」


 その胸元からは、まるで花のような柔らかく甘い香りがふんわりと広がり、鼻先をくすぐる。


 確かこの人は、初対面のときに握手を交わして気絶してしまった人だ。

 あれ以来姿を見なかったけど、いったい何をしに来たんだろう。


「あの後すごく大変だったんですよ? 私に嫉妬したエルフたちに無理やり拘束されて、そのまま森の奥の誰も来ない場所に閉じ込められて……」


 ギュッ!


「ほんと、女の嫉妬ってなんであんなに醜いんでしょうね。人生の負け組だからってそんなに怒らなくてもいいのに……ケンちゃんもそう思いますよね!」


 頭を優しくなでながら、彼女は聞き取れない言葉を並べている。何を言っているのかさっぱりわからないが、ひとまず笑って誤魔化していた。


「はぁ……本当にカワイイ♡♡♡もういいや♡一旦ケンちゃんで癒されよっと♡」


 スンスン……


「んんっ!? な、なにこれやばっ♡嗅いだだけで思考が飛ぶ♡芳醇ってレベルじゃないです。これ合法なんですか!?合法の香りじゃないですよ!?♡」


 スーハーッ……スーハーッ……!


 まるで空気の一滴たりとも逃がすまいと、貪るように息を吸い込み始める。

 その荒々しい呼吸音が、静まり返った周囲に鋭く響き渡った。


「うほ♡こちら強制発情フェロモン拡散テロの現場です!容疑者はケンちゃん!私という立派な奥さんがいながら、他のメスに尻尾を振る犯罪者です!これは……アウト!完全に有罪です! お仕置きとして、しっかりと教育してあげなくては♡」


 ズイッ!


 不意に下から服をめくられたかと思うと、彼女が迷いなく頭をねじ込んできた。


 下を見ると、襟の隙間から彼女のつむじが間近に見える。サラサラの髪が胸を刺激してちょっとこそばゆい。


 ペロ……


「うっま!え、なにこれ!塩見が絶妙すぎる!しかも……舐めれば舐めるほど魔力まで潤ってきました!?え、もしかしてケンちゃんって新種の調味料!?これは審議のためにも……試さなきゃ!確かめなきゃ!研究しなきゃ!舐め尽くさなきゃ!!!」


 ペロペロペロペロペロ!!!


「んひょぉぉぉぉぉぉおっ♡♡♡」


「んっ……舐めないでください」


 あろうことか、へそを何度もしつこく舐められる。


 最初はただくすぐったいだけだったが、繰り返されるうちにだんだん不快感が募ってきて気持ちが悪かなってきた。

 どうしてこんなことをされているのか分からないけれど、さすがに意味不明なのでやめてほしい。


「ペロ……♡ ケンちゃんがあの飴を舐めてたってことは、婿入り確定ってことだよね!?100年、200年それ以上に交尾確定♡………あ、でもでも安心して?たとえ選定者じゃなくても、どっちみち交尾はするからね♡♡♡」


 ガシッ!


「い、いたい……」


「ついに……ケンちゃんと一つになれる……! あは……あははははは!!!」


 瞳孔が大きく開き、焦点の合わない目がこちらを見下ろす。

 完全にイってる。この人はいわゆる“やばい人”なのかもしれない……逃げなきゃ!


 バタバタ


「もう……私と交尾出来るのが嬉しいからって、そんなに暴れちゃダ~~メ♡あんまりわがままだとぐちゃぐちゃにしちゃうぞ♡」


 やはりというべきか、見た目こそ細くて華奢だが掴む力は信じられないほど強い。

 まるで体全体を鋼鉄の輪で締めつけられているかのようで、僕の腕はピクリとも動かせずにいる。


「ケンちゃんはどんなプレイがしたいですか?私のオススメは……エルフ特性ポーション漬けの100時間ぶっ通しプレイがオススメですよ♡」


「……………」


「おーい!ケンちゃん!奥さんが話しかけてるのに無視はダメだぞ〜♡」


「……………」


「あれ、さっきから反応が薄いですけどケンちゃんって言葉わからないんですか?」


「……………」


「あぁ……そういえば会議の時そんなこと言ってましたね。ずっと監禁されてましたし、想像上のケンちゃんは24時間365日全力で口説いてくるから忘れてました♡」




      【テレパシー】






(ケンちゃん……)











(今から交尾……た~~~くさん!しましょうね♡)


「ひっ……」


 頭の中に言葉では表せないドロドロとした感情が洪水のように押し寄せる。


 おえ……今まで女性から邪な目で見られたことなんて一度もなかったけど、こんなにも気持ちの悪い感覚だとは思わなかった。


 生まれて初めての経験に、困惑と恐怖が入り混じって吐き気すらしてくる。


「ふふふふ、怯えてる顔も可愛い♡」


 あ、でもよく見たらかなりの美人だし慣れたら大丈夫……かも?




(スキ♡好き♡スキ♡スキ♡すき♡好き♡好き♡スキ♡好き♡すき♡スキすき♡♡スキ♡スキ♡すき♡スキ♡好き♡スキ♡好き♡すき♡スキ♡好き♡好き♡スキ♡スキ♡スキ♡好き♡スキ♡スキ♡すき♡好き♡好き♡スキ♡好き♡すき♡スキすき♡スキ♡スキ♡すき♡スキ♡好き♡スキ♡好き♡すき♡スキ♡好き♡好き♡スキ♡スキ♡スキ♡好き♡スキ♡スキ♡すき♡好き♡好き♡スキ♡好き♡すき♡スキすき♡♡スキ♡スキ♡すき♡スキ♡好き♡スキ♡好き♡すき♡スキ♡好き♡好き♡スキ♡スキ♡スキ♡好き♡スキ♡スキ♡すき♡好き♡好き♡スキ♡好き♡すき♡スキすき♡♡スキ♡スキ♡すき♡スキ♡好き♡スキ♡好き♡すき♡スキ♡好き♡……)



「(ゴ、ゴンさん!やっぱり助けて!この人怖い!!!)」


「コン!」


 ずっと遠くから見守っていたゴンさんが、僕の悲鳴に反応して、空気を裂くような勢いで物陰から跳びかかる。

 その視線はまっすぐにエルフの腕へと向けられていた。


 ガブッ!


「いたっ!何今の動物!指噛まれたんだけど!」


 モワーン……


「あれ?視界が急にぼやけて……え!?ケンちゃんは?どこ!どこにいるの!?」


 僕が突如いなくなったことで、エルフは小さくパニックに陥ったようだ。

 焦ったように視線を泳がせながら、周囲をキョロキョロと見回している。


「コン!コンコンコン!」


 ぺシぺシ!ぺシぺシ!


「ご、ごめんゴンさん。もう知らない人にはついて行かないから叩かないで」


「コン!!!!」


 ぺシぺシ!ぺシぺシ!ぺシぺシ!


 忠告を無視した僕を、まるで子どもを叱るみたいに叩いて怒るゴンさん。

 これはしばらく不機嫌なままかもしれない……でも助かった。ゴンさんの幻覚ならそう簡単には破られない。今のうちに大通りへ逃げて、人の目がある場所に避難しよう。


「ケンちゃん……どこぉ……今出てきたら24時間交尾するだけでゆるしてあげるから出ておいで~」


 スタスタスタ………


 流石はゴンさんの幻覚。堂々とエルフの目の前を歩いているのに、気付く素振りが全くない。


 これなら安心し……


 ガシッ!


「なーんてね。その程度の幻術がエルフに聞くわけないじゃない……こっちは100年単位で魔術の研究をしてるんですよ?」


「コ……コン!」


 モワーン……


「あれ、また消えちゃった……そこね!【ウォータープリズン】」


「コ、コン!?」


 再度擬態していたゴンさんの周囲に水が集まり、顔以外を包む水の球体が形成される。


 ゴンさんは水中でジタバタと必死にもがいてはいるが、その場から1ミリたりとも動けない。


「ふふっ、なによその顔。ずいぶん驚いてるけど今まで幻覚が破られたことなかったの?ならいい経験ね。()()()()()()()()()()の。ましてやオスの周りにはもっと……ね」


「コ、コン……」


「じゃあ、拘束しちゃったお詫びに、狐ちゃんに特別大サービス♡これから私がケンちゃんに何をするのか……ひとつ残らず、ぜーんぶ教えてあげる♡」


【テレパシー】


「ッッ……コォン!!!コォン!」


 テレパシーで何かを告げられた途端、ゴンさんの顔がみるみる歪み、歯を剥き出しにして怒りを露わにする。


「ふふ、羨ましいでしょ♡でも怒っても無駄。だってあなたは私に負けたんだから。今からケンちゃんが私にメロメロになっても文句なんて言えないよね?」


「コンコン!!!」


「ふふ、さーて。うるさい魔獣は放っておいてケンちゃん……初夜♡はじめよっか♡」


 不気味な笑みを浮かべたエルフは、僕の服を一枚づつ脱がしていく。


 クソ……どうして僕なんだ!


 僕なんてこれといった魅力があるわけでもないし、そこらへんにいるモブと遜色ないでしょ!


 身長だって低いし、力だって負けている。マイナス要素しかないのにどうして……


「うおっ……エッロ。傷ひとつないすべすべの肌……ピンクと白の絶妙なグラデーションから生まれる可愛いこの色♡」


 まるで宝石でも愛でるかのように、彼女は頬を寄せてくる。エルフ特有の尖った耳が引っかかって、不思議な感覚がする。


 い、今から……そういうことをするんだろうか……


「ああ、だめ……♡我慢できない♡いただきまーーーーす♡♡♡♡♡」


【ファイヤーボール】


 ドカンッ!


 もうダメかと目をつぶった時、小さな火球が後方の壁に直撃し、瞬く間に炎が燃え上がる。


「ケ、ケケケケンちゃんから離れてください!つ、次は当てますので!」


 そこには、足をガクガクと震えさせたフィーリアさんが立っていた。


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