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第57話 初めてのおつかい……ってタイトルで上映しますわ!


「そうですよケンちゃん。そのお店で合っています。ちゃんと挨拶もできて偉いです。オスが自分からメスに声をかけるなんて、人によっては過呼吸で倒れることもありますのに、本当にすごいです」


 私は今、フィーリア様と一緒にケンちゃんの様子を物陰からそっと見守っている。


 本当はルナ様にも、ケンちゃんの雄姿を見てもらいたかったのですが、あいにく今夜は満月。


 ケンちゃんの使用済みの下着を嗅いだだけで大暴れし、挙げ句には口に入れてもぐもぐし始めるほどに野生化してしまっております。

 残念ながら今日はお休みです。


 にぎにぎ……にぎにぎ……


「フィーリア様、あの店員ケンちゃんに触りすぎでは?あれは明らかに不審な接触。【ケンちゃん:初めてのお使い】の撮影係兼ボディーガードとして看過できません。即時排除しさせていただきます」


「え、私には普通の接客に見えるような……見えないような……」


 明らかにスキンシップが過剰なエルフに苦言を呈すのだったが、フィーリア様は表情一つ変えず、気にしていないようだった。


「ふむ……エルフ族の感覚ではあれが普通なのでしょうか。判断が難しいですね」


 本音を言えば、今すぐ魔法で凍らせてしまいたい気分です。

 けれど、私たちはあくまで村にお邪魔している身。ケンちゃん自身が嫌がっていない以上、種族の違いに口を出すのは控えるべきでは……と、つい慎重になってしまいます。


 それに、この二週間、私もケンちゃんも村の皆さんには親切にしていただきました。


 正直、どこかでケンちゃんに関するトラブルが起こるのではと身構えていたのですが……まさか、襲われるどころか、衣服すら盗まれていないとは驚きです。


 むしろ、ルナ様がこっそり服を持ち出そうとしたり、ゴン様がシャツを寝床にしていたりと、振り返れば私たちのほうがずっと変なことをしていた気がします。


「はぁ……今すぐ帰って、ケンちゃんと涼しい部屋で絵本を読み合いたい……です」


「そんなに気乗りしないのでしたら、なぜ今回の課題を提案したのですか?私の印象では、フィーリア様は外に出るのをあまり好まないように思えましたが」


「えっと……今回の課題は私が考えたんじゃなくて、村長の指示なんです。そろそろお別れするケンちゃんに、挨拶ついでに街の様子を見てもらおうって」


 口ごもりながら、バツが悪そうにそう話す。なるほど、村長のご判断でしたか。


「ぐっすり寝ていたのに叩き起こされて準備させられました。『引きこもりのあんたのために、安全なルートを決めてやる』って……うぅ、せっかくケンちゃんと暮らす夢を見てたのに」


 フィーリア様は眠気の残る声で、どこか名残惜しそうに答える。

 相当心地の良い夢だったのでしょう。私もケンちゃんと結婚する夢を見るのでよくわかります。


「それはお疲れ様でした……あっ、フィーリア様見てください!ちゃんとお金を渡して、お釣りまで受け取っていますよ!」


 無事にお買い物が出来てルンルン気分のケンちゃん。見ているだけで心が癒されて、顔がゆるんでしまいます。


 もし私たちの間に子供が出来たらあんな感じなのでしょうか。


……ああ、ダメです。


 想像しただけで10人目を妊娠してしまいました♡現実のほうもそろそろ追いついてもらわないと困りますね♡


「では、我々もケンちゃんの移動に合わせて次の監視ポイントに移動を……」


 ドサッ!


「なっ!!!」


 あまりの衝撃的な光景に、思わず声を上げてしまう。ケンちゃんが目の前を歩くエルフにぶつかり、その衝撃で大きくしりもちをついてしまったのだ。


「あ……ああっ!!!ケ、ケンちゃんが怪我を!?今すぐ回復魔法で治療しなくては!」


 あんなに華奢で貧弱な体をしているケンちゃんです。転んだ拍子に骨の一本や二本は折れているに違いありません。


 涙こそ流していませんが、きっと痛みをこらえ泣きたい気持ちを胸に押し込めているに違いありません。なんとけなげなのでしょう。


「やはり見守りなんてしてる場合じゃありません!早く私の尻尾で優しく包み込んで安心させてあげなくては!!」


「ま、まって下さい。あ、あれはたしか村長が用意したエキストラ……です。甘い言葉に騙されたホイホイついて行かない訓練って言われました」


 ヒョイ……


「甘い言葉といいますが、あんな風に持ち上げられてしまったら訓練にならないでしょう!」


 しつこく迫るシチュエーションなら理解できるが、エキストラ役のエルフはケンちゃんをまるで鞄のように持ち上げている。


 あれでは戦闘能力皆無のケンちゃんでは抗うことすら出来ません。

 あの子は戦うためにいる存在ではなく、愛される存在なのです!


「お、おかしいな。聞いていた話と違うような……で、でもケンちゃんは一つ目の買い物は頑張って成功させたんです。ケンちゃんの努力を無駄にしないために、もう少し様子を見てもいいかもしれない……です」


 フィーリア様の言う通り、先ほどケンちゃんはたった一人でメスと会話するという偉業をやり遂げたばかり。


 今、私が飛び出してしまえば……せっかくのケンちゃんの勇気と努力が、水の泡になってしまうでしょう。


「くっ……ケンちゃんのためと言われると、どうしても心が揺れてしまいます」


【おっ、軽っ!こりゃ……誘拐し放題だな】


 ですが演技だとわかっていても、あんなに悪意ある顔をしている人物にケンちゃんが誘拐されるシーンは心臓に悪いです。


 もしこれを映画館で上映したら、観客は阿鼻叫喚の大騒ぎになることでしょうね。


「……仕方ありません。しかし、あと一歩でも動いたらあのエルフを氷の刃で貫きます」


【アイスニードル】


 空気中の水分を凍らせて、両手の間に鋭い氷の刃を生成する。


「仮に誤射だったとしても、回復魔法で治るはずです。ケンちゃんの為と言えばきっと許してもらえるでしょう」


 3……2……1!


【心優しきエルフのお姉さん、アルマが助けに来たわ!さあ、その子を返してもらうわよ!】


 まさに氷塊が脳天を貫こうとするその刹那、どこからともなく現れたエルフが、まるでこの瞬間を待っていたかのように現れる。


 ドバーン!


 そして長く張り詰めた沈黙の末、水魔法で悪役エルフを吹き飛ばしてケンちゃんを無事救出した。


「な、なるほど……甘い言葉はここから始まるのかも……です」


 確かに、オスがよく遭遇しそうなシチュエーションとして、助けてもらった好意に付け込んで誘拐するパターンが最も多いかもしれません。


「ですがそれは甘い考えです。力で無理やり連れ去るならまだしも、甘い誘惑に揺らぐケンちゃんではありません。きっと迷わずバッサリと断ってくれるでしょう」


【ワカッタ。イク】


「ケンちゃん!? 嘘ですよね!? あんな見るからに怪しい人について行ってはダメです! 今すぐ顔面に一発ぶちかましてください!」


 内心では、いつ顔面をひっぱたくのかと期待していたのに、ケンちゃんはいつも見せてくれる純粋無垢な笑顔で、エルフの腕をぎゅっと握りしめた。


 トコトコトコ……そして、そのまま怪しい路地裏へと二人が消えていってしまった。


「ケンちゃんが……ついて行ってしまった……あ、ああぁぁぁっ」


 ケンちゃんの唯一にして最大の欠点は、人を疑うことを知らないところかもしれません。


 普段ならその素直さは愛らしくて、誰よりもケンちゃんらしい魅力なのに……今回ばかりは最悪です。


  もしこれが演技ではなく本当に起きた出来事なら……今ごろケンちゃんはお父さんになっています。


「……よく考えれば、ルナ様がスライムに襲われていたケンちゃんを助けたのがきっかけでしたね」


 きっとケンちゃんの心の中では「助けてくれた=絶対に良い人だ」という、無垢すぎる方程式が染みついてしまっているのでしょう。


 このままでは、いつか本当に悪いメスにいいようにされてしまい大変危険。

 そうなる前に、私が“現実”というものを身体に教えて差し上げるべきかもしれません。


 もちろん、あの子にとっていちばん心に残るやり方で……♡


「そういえば、路地裏につれていかれた後どうなるか聞いていますか?」


「い、いえ。ただ、不審者役が出るとしか……」


「つまり、そこからはあの人の自由ということですね」


「「………………」」


 二人の間に、何かを察したような沈黙が流れる。


「ケンちゃん!今助けに行きます!!!」


「あ、ラミィさん!ここエルフ用の通路ですからそんなに激しく動くと……」


 ガシャン!ガシャガシャーン!!!


「あわわわわ。棚が倒れて道が無茶苦茶に……私関係ないですよ~!無関係ですから怒らないでください~」



===================



「つまり、ケンちゃんに特別な飴を渡しただけで、特にやましいことはしていない……そう言いたいんですね?」


「あ、当たり前よ!私たちエルフがケンちゃんを襲う訳ないじゃない!」


 ケンちゃんを路地裏に連れ去ったエルフは、口元についた汚れをハンカチでぬぐいながら、あわてて首を振った。


「その割にはザ・犯罪者みたいな顔をしていていましたが……」


「ち、違うわよ!演技、演技よ!本番さながらのほうが、ケンちゃんの反応もリアルになると思ったのよ!」


「えぇ……ほ、本当ですか?」


「エルフのあんたがなんでそっちの味方をするの!ケンちゃんと仲良くなったからって調子に乗らないでよね!」


「ひ、ひぃ!ご、ごめんなさいっ!殴らないでぇ……!」


 フィーリア様は、鋭く睨まれたかと思うと、怯えた様子で私の後ろへと素早く隠れた。


「はぁ……とりあえずそちらの言い分は理解しました。一度こちらでケンちゃんに注意しますので、返してもらえますか?」


「え?ケンちゃんならさっき返したわよ?新しくお世話係になったていう子に……」


「「え……」」



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