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第56話 初めてのおつかい:誘拐スペシャル


「(お買い物!お買い物!ゴンさ~ん。座り心地はどうですか~)」


「コン!」


 言葉を教えてもらい始めて、早いもので2週間。


 まだ流暢とは言えないけれど、欲しい物を伝えたり、簡単な会話を交わせるくらいに僕は成長していた。

 英語に関しては何年勉強しても話せる気配が微塵もなかったのに、今回の成長スピードは自分でも驚きである。


【ケンちゃん!今からやってほしいことがあります!】


 そんな僕を見たフィーリアさんは、「最終試験」と称して、ある課題を出してきた。


【この財布には私の月収がまるまる入って……ます。好きな物を好きなだけ買ってもいいですが、あくまで試験です。ちゃんと指定された物は買ってきてください】


 そういって差し出されたメモにはいくつかの品が書かれており、手作り感満載の地図には、絵本で見たような可愛らしいイラストと、店の名前がこの世界の文字で描かれていた。

 要は子供がよくやるお使い任務だ。


「コンコ~ン!」


「(ゴンさんも楽しそうですね)」


 この世界に来て初めての自由行動なのでテンションが上がっている。無理やりついてきたゴンさんも心なしか上機嫌だ。


「(八百屋さん的なのは……あそこかな?「果物」って文字も見えるし行ってみよう!)」


「オネエサン!」


 商品を並べていた女性に、できるだけ明るく声をかける。


 まだ村の人たちは、よそ者の僕に警戒しているのかどこかよそよそしい。まずはあいさつでいい印象を持ってもらわないと。


「お……きたきた。なにかご用意かい?」


「オネエサン、ボク、クダモノ……ホシイ」


 言い間違いあると大変なので、単語を一つずつ区切って慎重に話す。


「はいよ、任せときな!リンゴにするかい?それともブドウかい?それとも……お姉さんにするかい♡今なら大特価だよ♡」


「マテ……リンゴー……モトメル。サシダセ」


 預かったメモ用紙を握りしめ、店先に並んだ果物の中から赤いものを指差す。


 まだ自信が持てないが、たしかこの文字はこの果物のことで間違いないはずだ。


「リンゴだね……ふふ、特別なやつをおまけしておいたよ。私の顔を思い浮かべながら食べてね?一番色が濃いやつは私が手間ひまかけて育てたんだからさ」


ギュッ!


 リンゴの袋に手を伸ばした瞬間、店主が僕の腕をがっちりと掴んできた。


 落とさないための配慮――かもしれないが、その手からは「逃がさない」という強い意志が感じられる。


「これが噂の魔力濃度3000倍……こうして触ってみると確かにドクドクと感じる♡」


 にぎにぎ……


「ああ♡やっば♡こんなの我慢できないだろ♡あのクソババァ。何が100年計画だよ」


 にぎにぎ……


「アノ……」


「やっぱりケンちゃん最高だな!」


 にぎにぎ……


 握られて結構な時間が経つというのに、八百屋のお姉さんは腕をギュッと握りしめて離そうとしない。


 なんでだろう……あ、もしかしてお代の催促かな。

 腕を強く握っているのも、よそ者だから万引きに警戒してるのかも。その証拠に、さっきより目つきも鋭くなってる気がする。


「リンゴ……イクラ……カネハラウ!」


「お代?それはもちろんケンちゃんの精……」


【【【テレパシー】】】


「うぐ……はいはい。わかってるっての。自分たちがクジ引きで負けたからって八つ当たりすんなよなぁ……はい、銅貨12枚だよ」


 お姉さんはどこか不機嫌そうな顔をしていて、値札をバンバンと叩く。


「(銅貨12枚か……なら金貨1枚を出せば釣りが来るな)」


 チャリン……


「毎度あり!……ケンちゃんが触れた金貨か。お守りとして加工するか」


 以前、この世界の通貨について教えてもらったが、どうやら紙幣という概念そのものが存在しないらしい。

 そのせいで財布の中はびっしりと硬貨で埋まり、パンパンに膨れ上がっている。


 物々交換もこの世界では一般的な決済手段らしいが、「絶対に交渉に乗らないでください!」と念を押されているので、避けておいた方が無難だろう。


 まだ言語も不完全だし、下手をすればいいカモにされるだけだしな。


「アリガトウ……マス」


「おう、()()会おうな♡」


 ニコッとした笑顔で手を振る店主を背に、再度メモ用紙を確認する。


「えーっと……次は本屋さんか。この地図の感じだとあの通りを曲がった先に……」


 ドサッ!


「いっっっってえぇぇぇぇ!!!!」


 地図の細かな線を追うのに夢中になっていた僕は、前を歩いていたエルフの女性の存在に気付かずぶつかってしまった。

 体勢を崩した僕は、あっけなく尻もちをつく。


 「あーいたたた……これ骨折れちゃったなぁ。もう腕動かせないかもなぁ……」


 体格差を考えれば、ダメージを多く受けるのは明らかに僕のほうだ。そのはずなのに、ぶつかったエルフの女性は腕を押さえてしゃがみ込んでいる。


「おい、どうしてくれるんだ?これはもうその身をもって償ってもらわないといけないよな♡」


 ひょい……


「おっ、軽っ!こりゃ……誘拐し放題だな」


 突然立ち上がった彼女は、痛がっていたはずの腕で僕をつかみ持ち運ぶ。


「(あの……どこに行くんですか?僕試験中なんですけど)」


「ふにゃふにゃと鳴いて本当にかわいいなぁ……このまま本気で逃げればワンチャンあるか?」


「がるるるぅぅ」


 ゴンさんが必死にエルフの腕をカミカミしているけれど、あまり効いている様子はない。無反応のまま、淡々と歩き続けていた。


「そこの誘拐犯!待ちなさい!」


 キラーン!


「心優しきエルフのお姉さん、アルマが助けに来たわ!さあ、その子を返してもらうわよ!」


「え…………やだ」


「………は?………えっ……は?」


 突然、目の前に謎めいた女性が現れた。だが、何か予定外のことが起こったのか、出てきた本人は困惑した表情を浮かべている。


 一体、何をしに現れたのだろう。


「ってことで、私はこれからケンちゃんとランデブーしてくるから、じゃあね!」


「ちょ……待ちなさい!【テレパシー】」


【ちょっと!あんた台本と違うじゃない!あんたが意地悪するところを私が助けて、信用を得たら裏路地に連れ込むって話でしょ!】


【うるせぇ!そもそも配役がおかしんだよ!なんで私が悪者役なんだ!もしこれがきっかけで、交尾する時に悪影響が出たらどうすんだよ!お前責任取れんのか!?】


【そんなこと言ったって、村長がクジ引きで決めたんだから仕方ないじゃない!むしろ、悪者役として選んであげただけでも私に感謝してよね?】


【うるせぇなぁ……別にケンちゃんが地元に帰る前に”あれ”を飲ませればいいだけだし、一発やっても問題ねぇだろ!】


【問題大有りよ!エルフに不信感を持たれたらそれだけでアウトなんだから!変なことしないでよね!】


【別に変なことはしねぇよ。ただちょっと眠らせてちょっと孕んで妊娠するだけだし。誰も不幸にならねぇからいいじゃねぇか。きっとケンちゃんも喜ぶぞ?】


【ダメに決まってるでしょ!バカ!禁欲生活2週間目で我慢の限界なのはわかるけど、失敗したらエルフ族が滅ぶのよ!あんた500年の苦労を無駄にするつもり!この淫乱エルフ!】


【チ………わかったよ。ったく。そっちだってこの配役が決まった途端めちゃくちゃ歯磨きしてた癖に】


【何か言ったかしら……これ以上は殺すわよ?】


【なんでもねぇよ。じゃあ軽めのを一発を頼む。もし妊娠が百年遅れたらお前のこと恨―――】


「吹き飛びなさい!【ウォーターブレイン】」


「おぼぼぼぼ!お前やりすぎだろぉぉぉ……ぉぉ……ぉ……」


 かなりの沈黙の後、僕の頭上に水の塊が直撃し、『バシャン』という重い音と共に、エルフの体が吹き飛ばされる。


「ふぅ…………悪は去った!」


 その威力は凄まじく、あと数センチでも軌道がずれていれば、僕にも魔法が直撃していたかもしれない……怖っ。


【ケンちゃん!私は心優しきエルフお姉さんのアルマ!誘拐犯から助けてあげたわよ!】


「エ……ア、アリガトウ……マス」


 頭の中に、テレパシー特有の声が響き渡る。

 どうやらこのアルマさんが、誘拐犯から助けてくれたらしい。


【お礼は結構よ!エルフ族はオスに優しくするのが信条ですもの。それより……ね?また誘拐されちゃ大変だし、近くでお茶でもしない?美味しいお菓子もあるわよ】


 ふりふり……


「フィーリア……ヤクソク……アル。ゴメンナサイ」


 首を横に振ってお誘いを断る。


 綺麗な女性とお茶に行きたいのは山々だが、あまり遅くなってもみんなを心配させてしまう。


 なにより今は試験中だ。

 言葉を教えてくれたフィーリアさんに成長した姿を見せる為にも、ここは断ろう。


【ああ、なら安心して!私フィーリアの親友だから……今思い出したけど、フィーリアに君を連れてくるよう頼まれたんだから!】


「ホント?」


【本当よ!だから一度こっちの裏道に来てくれる?大丈夫……これはただの近道だから危険じゃないよ♡】


「ワカッタ。イク」


「コンコン!」


 グイグイ!


「(いたたた……ゴンさん大丈夫だよ。この世界の人はみんな優しいし、僕なんて誘拐したところで意味ないから)」


「コンコン!!!」


「(ゴンさんは心配症だなぁ……この人フィーリアさんの知り合いらしいし、何も問題ないよ)」


 激しく抵抗するゴンさんを抱きかかえ、目の前に差し出された手をしっかりと掴んだ。


「ふふふ、試験とは言ったけど……路地裏ならばれないし、ほんの少しだけ味見しても問題ないわよね♡」


 ゴンさんに腕を嚙まれながらも、僕はエルフのお姉さんについて行くのだった……


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