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第55話 ケンちゃん……君はいったい何者なんだい?


「では、この2週間で行った人間族への潜入調査の結果を報告しますぅ……あまり期待に添えないかもしれませんが、怒らないでくださいね?」


「もちろんだとも。君は仕事……ましてやオスが絡む仕事で手を抜くとは思ってないさ。どんな報告でも真摯に受け止めよう」


 それに、この調査は魔王様直々の命令だと手紙に添えている。そんな重要な任務をなまけるアホはいないだろうからねぇ。


「ありがとうございますぅ。それではまず、『人間族のオス全体に呪いがかけられているのではないか』という疑惑についてです。この件については調査そのものが行えませんでしたぁ」


「おや、それはなぜだい?」


「はい。今回の任務では、見張り役の傭兵として人間族の国に潜入しました。ただやはりと言いますか、2週間という短期間では信用を得られず、オスの護衛にはなれませんでしたぁ」


「ふむ。ならば、透明になって潜入するという手段は試さなかったのかい?」


「もちろん試しましたよぅ。でも警備が想像以上に厳重で、透明になっても門を抜けることすらできなかったのですぅ」


「それならば仕方ない……むしろ、下手に動いて捕まるよりかはよっぽどいいさ」


 魔王軍の者が人間族のオスと接触しているところを目撃されたら、それこそ誘拐犯扱いされてもおかしくない。


 すぐにでも解決したい案件ではあるが、ケンちゃんの件も絡んでいる以上深入りせず、慎重に動いた方が賢明だからねぇ。


「それじゃもうひとつの件。【ケンちゃんの出自について】は何かわかったかい?」


「そちらも特には……資料をこっそり見てみたんですが、ケンちゃんに似た人物の情報も、オスが失踪した等の情報もありませんでしたぁ」


「つまり成果なし……か」


「はい……たっぷりお金いただいたのに本当に申し訳ありません。ケンちゃんグッズを買ってしまってもう返金は無理ですが、気持ちだけはお返ししますぅ」


 メーテルは肩をすぼめ、おどおどとしながら深々と頭を下げる。


 いや、これは「成果がない」という成果があったと捉えるべきだろう。

 今回判明した、オスの失踪記録すらないのは、考察において重要な判断材料となりうる。


「ふむ……今回の調査結果を額面通りに受け取るなら、人間族側に大きな思惑や陰謀があったわけではないと考えられるねぇ」


「ですが、そうなるとケンちゃんはどこからきたのでしょうかぁ」


「そうだねぇ……」


 もし即興で仮説を立てるなら、宮廷の魔術師がたまたまケンちゃんを産み、家から逃げれないようあの呪いをかけた。


 失踪情報がないのは、そもそも国に存在を知らせていなかったため、逃げても報告できない状況にある――そう考えれば、この状況にも一応の辻褄は合う。


「残念ながら検討もつかないよ。流石の私も、これにはお手上げだねぇ」


 だが、やはりどこか腑に落ちない。


 この背後には、もっと大きな……この世界の在り方そのものを変えるような何かが関わっている気がしてならない。


「あ、そうです。依頼された調査は失敗に終わりましたが、代わり気になる噂を聞いたんです」


「気になる噂?」


「はい、数年前から城の中にさまざまな魔獣の鳴き声が聞こえてくるそうですぅ。そこで、ある傭兵がその鳴き声のする部屋に忍び込んだところ、見たこともない生き物が数多くいたとかぁ」


「見たこともない生き物か……生き物を研究している立場としては興味をそそられるねぇ。どんな特徴があったのか、詳しく教えてくれるかい?」


 メーテルは待ちきれないという様子で、懐からメモ帳を取り出す。


「はい、その場所にいた魔獣たちはどれも体が小さく、牙や爪も魔界の環境で育ったにしては未発達……そして何より不自然だったのが、その場にいたのがすべて“オス”の個体だったという点ですぅ」


「新種のオスがたくさん……それは、どうにも怪しい話だねぇ」


 この世界の魔獣も例にもれずオスは希少だ。野生の個体同士が種を越えて交わりキメラを生み出すほどに、オスの存在は貴重とされている。


 そもそも、魔族も魔獣も排斥された人間界という立地で、キメラ以外の新種が多く見つかるなんてどう考えても不自然極まりない。


「やっぱり怪しいですよね。これは私の考えですが……人間族は、オスだけを対象にしたホムンクルスを作っているのではないかと思うんですぅ」


「え?いやいや、それはさすがに考えが飛躍しすぎじゃないかい?ただ単に希少なオスを見つけては収集しているだけかもしれないだろう?」


 ホムンクルス──それは人工的に作られた生命体。

 理論上こそ可能とされているが、実現にはあまりにも多くの無理が伴い、成功例は一度も報告されていない。だからこそ、彼女の理論はありえないのだ。


「実は……それを裏付ける証拠があるんです。この子を見てください」


 ガサゴソ……ガサゴソ……


「ニャー」


 マントの内側をごそごそと探るメーテルの手元から現れたのは、まるでぬいぐるみのようなふわふわとして生き物。


 つぶらな瞳でこちらを見上げては、守ってあげたくなるような可愛らしい声をあげる。


「これは……なんだい? 爪も牙も未発達で魔獣の幼体か何かかい?それにしてもこんな生き物は初めて見るねぇ」


「たぶん、この子が実験で生まれた生き物じゃないかと思いますぅ。衰弱していたのを放っておけず、そのまま連れてきました。今は“ふわふわ丸”って名前で一緒に旅をしてますぅ」


「君ねぇ……」


「ニャー」


 スリスリスリスリ……


 机の上のもふもふは、メーテルの腕に頬をこすりつけて甘えている。ここまで人懐っこい魔獣は珍しい……それにしても可愛い。


「一応魔王様には秘密にしておくよ……おや?」


 ふわふわ丸に付いていた赤い物体に目を奪われる。


「首輪をつけているようだけど、君が付けたのかい?随分と高そうだねぇ」


「いえ、それはこの子を保護した時には既に付いていたものですぅ。実はここに少し気になる点があって、見ていただけますか?」


 そう言って、メーテルはそっと首輪をひっくり返した。


【(ミーちゃん:街中で見かけた際はこちらのQRコードを読み取ってご連絡ください『長野県XX市……』)】


「なんだいこれは?見たこともない、丸っこい文字が並んでるけど……暗号か何かかい?」


 突如目に飛び込んできた、理解不能な文字の羅列に頭が痛くなる。


「それに、この四角が何個も集まったようなマーク。見てると目がチカチカするねぇ」


「もしかすると、これは作ったホムンクルスの識別コードかもしれません。この四角は人間族にならわかる暗号……的な感じですぅ」


「なるほど、これが人間族によるホムンクルス製造の証拠……そう言いたいのかい?」


 確かに、この首輪からはペットだと証明する以外に何かしらの意図が感じられる。


 特に、この文字とも記号ともつかない四角い模様の集まりはただの装飾とは思えない。彼女言う通り、何らかの暗号なのだろう。


「ただ、この事を魔王様に報告するとなれば、もう一押し説得力のある証拠が欲しいところだなぇ」


「なら、もう一つ決定的な証拠が下半身にありますぅ。抱っこして見てあげてください」


「だ、抱っこ!?そんなことをして大丈夫かい?私が触ったらその場で崩れたりしないのかい!?」


「大丈夫ですので、脇の下をそっと持ち上げてください」


「わ、わかった……こんな感じか?」


「ニャー」


 ペロペロ……ペロペロ……


 ふわふわの塊は、私が持ち上げた指を不思議そうに舐め始める。


 体長が何倍もある私を見てもまったく警戒しないその姿。これまでどうやって生きてきたのか不思議に思わずにはいられないこの感じは、ケンちゃんを思い出すねぇ。


 今頃ケンちゃんは何をしているのかな……。


「それで下半身を見ればいいのかい?下半身……下半身……特に何もないよう思うが……待て、何もないだと!?」


「にゃ?」


 そう、そこには何もなかった。


 生き物として当然備わっているべき重要な部分が、まるで魔法か何かで消し去られたかのようにきれいさっぱりなくなっていた。


「男性器も女性器もない……どういうことだい!?」


 そんなことありえるのか?


 私の想定外のところにある……いや、見た目的にこの場所以外有り得ない。


「生き物としてあるはずの生殖器が存在していない……これが、人間族がホムンクルスを作っている証拠ですぅ。おそらくこの子は、オスを作る過程で生まれた失敗作かと考えてますぅ」


「なるほど……命をつなぐために備わる器官がない。だからこそ、この子が自然に生まれた存在ではなく、人の手によって形づくられた証になるわけか」


 理屈としては理解できる。

 小さい虫とかならまだしも、小さな虫ならまだしも、そこそこの大きさを持つ魔物に生殖器が存在しないなんてありえない。


 生殖器が何らかの理由で失われた可能性も一瞬考えたが、貴重なオスにそんなことをする理由はない。おそらくこれがこの子本来の姿なのだろう。


「それにこの子はケンちゃんに関係があるのかもしれません」


「おや?そこでケンちゃんで戻るのか……おい、まさか」


「出自が一切不明なこと……呪いという非人道的行為が行われていること。それらを加味すると、もしかしてケンちゃんも」


 ドン!


「やめたまえ……たとえ仮説といえど言っていいことと悪いことがある。それ以上は、今も懸命に生きているケンちゃんへの侮辱だ!私が許さない!」


 机を強く叩いて、メーテルの仮説を否定する。


 ふざけるな……やっと出会えて運命の相手が人じゃなかったなんてそんなことあってたまるか!


「す、すいません。憶測で語りすぎました……」


「……いや、こちらこそいきなり怒鳴ってすまない。夜風にでもあたってくるよ」


 ガチャン!


 揺れる感情を必死に押さえ込み、防音魔術の壁に囲まれた部屋から静かに歩み去っていく。



 メスが近づいても逃げない警戒心のなさ……


 貴重なオスの命を揺るがすほどの強い呪い……


 どこから来たのか、何者なのか、出自すら一切明という謎……



「ケンちゃん……君はいったい何者なんだい?」


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